
株式公開買付け(TOB)のニュースで「買付価格◯◯円」や「TOBプレミアム◯◯%」といった言葉を目にすることがあります。これはTOBにおいて提示される1株あたりの購入価格を指し、通常は市場株価より高い水準で設定されます。
本記事では、TOBの買付価格がどのように決まるのか、その根拠やTOBプレミアムの意味・相場についてわかりやすく解説します。TOBが発表されたときに個人投資家が注目すべきポイントや注意点も紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
TOBにおける「買付価格」とは?
TOB(株式公開買付け)とは、不特定多数の株主に対してあらかじめ決めた買付価格と期間を公表し、その価格で株式を買い集める手法です。このとき提示される買付価格が、投資家にとって「自社株を売るか判断する基準」となります。平たく言えば「TOB価格」とは、買収をしかける企業(買い手側)がこの株式に◯◯円で買い取りたいと提示した値段です。
通常、TOB買付けは株式市場の取引所を通さずに行われます。そのため買付価格は市場で変動せず、TOB期間中は一定の固定価格として提示されます。買付企業はその価格で希望する株数を集められるよう、事前に十分魅力的な水準を検討します。一般的に市場の現在株価より高めに設定され、これによって株主に「その価格なら売却してもよい」と思ってもらう狙いがあります。言い換えると、買付価格の水準=買収側が提示する株主へのオファーであり、後述する「プレミアム(上乗せ幅)」を含んだ値段になっているのが通常です。
買付価格はどのように決まるのか?(参考価格・算定根拠)
TOBの買付価格に関して、法律上具体的な水準や上限・下限の規制はありません。最終的には買付者(買収をする企業)が自社の戦略や資金力に応じて主観的に決定する価格です。ただし、過去の多くの事例では決定にあたっての参考指標が存在します。一般的には発表直前の株価や過去一定期間(1か月、3か月、6か月など)の平均株価を基準にして、その上に一定のプレミアムを加えた価格に設定するケースが多くなっています。
買付企業は株価水準だけでなく、対象会社の業績や資産価値、将来性も考慮して価格を検討します。特に、MBO(経営陣による自社買収)など対象会社経営陣が関与するTOBでは、第三者算定機関による株価評価やフェアネス・オピニオン(価格妥当性に関する意見)を取得し、公正な価格か検証した上で買付価格を決めることが一般的です。
そのため投資家向け開示資料には、「○○という手法で評価した結果○○~○○円の価値と算定され、そのレンジ内でプレミアム◯%の○○円を買付価格とした」等の算定根拠が記載されます。要するに、直近の市場価格をベースにしつつ、買収後に見込む企業価値向上や経営権取得の価値を織り込んで価格設定されるのです。
実務上は、買付価格をいくらに設定すれば目標の株数を集められるか、過去の類似事例との比較なども考慮されます。例えば「〇〇社のTOBでは直前株価から30%上乗せで成功した」等を参考に、株主にとって魅力的だと感じる最低ラインを探るわけです。
一方で、買付者にとっては価格を上げすぎると買収コスト増大の負担があります。そのバランスを踏まえつつ、最終的に「この価格なら株主は応じてくれるだろう」という水準が買付価格として決定されます。
また、TOBプレミアムとは、簡単に言えば「TOBにおける提示買付価格が、それまでの市場株価よりどれだけ高いか」という差を指します。例えば発表直前の株価が1,000円の銘柄に対し、TOB買付価格1,200円が提示された場合、プレミアムは+20%ということになります。この差額部分(200円)が株主への“上乗せ額”であり、割合で示したものがプレミアム率です。
プレミアムの相場・平均値はどれくらい?
では実際、TOBではどの程度のプレミアムが付くケースが多いのでしょうか。日本における公開買付けでは、プレミアム率が概ね20%~40%程度に収まるケースが一般的とされています。実際、松井証券の解説によれば「TOBでは既存株主に売却を促すため、市場価格より30~40%高い価格が設定されるのが一般的」だとされています。過去の様々な事例を見ても、だいたい2~5割増し程度の範囲に集中していることがわかります。
もちろん案件ごとに事情は異なり、プレミアムには幅があります。たとえば経営陣公認の友好的TOBで既に筆頭株主が買付者というようなケースでは、プレミアムが20%前後と比較的低めでも成立しやすい傾向があります。一方、敵対的TOBや複数の買収案が競合する状況では、株主の関心を引くために50%近い高いプレミアムが付くこともあります。
実際の平均値としては、あるネット証券の集計ではプレミアム平均約33%というデータもあります。また近年の具体例では、2020年前後のTOB事例でプレミアム20~40%台が多数を占め、中には約3%という極めて低いプレミアムや50%超の高いプレミアムのケースも見られました。このように、相場は30%前後と覚えておきつつも、状況により上下にばらつきがある点には留意が必要です。
参考:買付けプレミアム上位TOB案件(2020年~2025年)
対象企業 | 買付者 | TOB発表日 | プレミアム率 | TOB目的 |
---|---|---|---|---|
中央紙器工業 | ニッコンホールディングス | 2025年2月 | +273% | 子会社化(非公開化) |
セコニック | TCSアライアンス(TCS-HD子会社) | 2021年11月 | +226% | MBOによる非公開化 |
フェイス | MBO(Genesis1投資事業組合) | 2024年11月 | +221% | MBOによる非公開化 |
東京特殊電線 | TTCホールディングス(カーライル) | 2022年11月 | +156% | 非公開化(完全子会社化) |
ミューチュアル | エムズ(マーキュリアHD系ファンド) | 2022年5月 | +152% | 非公開化(MBO) |
ナカヨ | あいホールディングス | 2025年2月 | +138% | 完全子会社化(非公開化) |
東京日産コンピュータシステム | キヤノンマーケティングジャパン | 2023年8月 | +98% | 完全子会社化 |
日本ユピカ | 三菱ガス化学 | 2020年2月 | +81% | 子会社化(持株比率引上げ) |
TAKISAWA | ニデック(日本電産) | 2023年7月 | +80% | 完全子会社化(※敵対的TOB) |
プレミアムが高すぎる・低すぎるとどうなる?(成功/失敗例)
提示されるプレミアムの高さ・低さは、TOBの成否に大きな影響を及ぼします。一般にプレミアムが低すぎる(買付価格が安すぎる)場合、株主は魅力を感じず応募が集まらないためTOB不成立に終わるリスクが高まります。特に市場価格とほとんど変わらない水準では、「わざわざTOBに応じるメリットがない」と判断されてしまいます。過去の事例でも、買付価格が適切でなかったために予定数の株式を確保できず失敗したケースが少なくありません。そのため友好的TOBでは事前に経営陣と合意の上で適切なプレミアム設定を行うことが成功の鍵となります。
一方、プレミアムが高すぎる場合はどうでしょうか。プレミアムが大きいほど株主にとって有利なため、TOB成功の可能性は高くなるのが通常です。プレミアムが高ければ高いほど株主は応募しやすくなるため、買付者側が確実に株式を集めたいと考える場合には思い切った高値提示となることがあります。
ただし、極端に高いプレミアムは買付者側の負担増を招きます。買収後のシナジーや将来価値で回収できればよいですが、過大なプレミアムは買収企業の財務リスクにもつながりかねません。また、一度高い価格を提示すると他の競合買収提案者がさらに上乗せ提案をせざるを得なくなるなど、いわゆる「買収合戦(値段の吊り上げ競争)」が起こる可能性もあります。そうなると当初想定より買収コストが膨らみ、買付者にとっては痛手となります。
このように、プレミアム設定は低すぎても高すぎても難しく、TOB成功確率とコスト負担のバランスを睨んだ絶妙な判断が求められるのです。
投資家が見るべきポイントと注意点
TOBが発表された際、対象株を保有する個人投資家は次の点に注意して対応を検討すると良いでしょう。
- 公開買付けの内容を確認する: まず開示資料(公開買付け説明書など)を熟読し、TOB価格・プレミアム率や買付予定株数の下限・上限がどう設定されているかを確認しましょう。通常は市場価格より高い価格(プレミアム付き)ですが、まれに市場並みやディスカウントの場合もあり得ます。条件次第ではTOB不成立の可能性もあるため、提示条件をしっかり把握することが大切です。
- 提示価格と市場株価の比較: TOB発表後は株価が買付価格に近づくように上昇する動きを見せることが多いです。市場株価がTOB価格を下回っていれば、一旦市場で売却して同価格まで上昇するのを待つという裁定取引も考えられます(手数料等も考慮)。逆にTOB価格より市場株価が上回って推移する場合は、より高い競合提案や価格見直し期待など市場の思惑が働いています。このような場合、提示価格が妥当か再検討する必要があるでしょう。
- 応募するか売却するか保持するか: 選択肢として、TOBに応募して売却する、市場で売却する、TOBに応じず保有を続けるの三つが考えられます。TOBに応募する場合は、手続きに従って証券会社経由で株式を移管し、期間内に応募します。市場で売却する場合、TOB発表直後に株価が買付価格付近まで上昇する傾向を利用して早めに利確できます。保有を続ける場合は、TOB終了後に株価が下落するリスクや、上場廃止予定なら最終的にスクイーズアウト(少数株主の強制買取)で現金化される可能性がある点に注意が必要です。自分の投資方針やリスク許容度に応じて最適な行動を選びましょう。
- 上場廃止(非上場化)の有無: TOBの目的が対象会社の非上場化(完全子会社化)である場合、TOB後に所定の株数を確保できれば上場廃止となります。上場廃止が決まった株をTOBに応じず持ち続けるのは基本的に得策ではありません。上場廃止後は市場で売却できず換金性が極端に低下するためです。最終的にはスクイーズアウト手続きで提示された買付価格と同条件で買い取られることが一般的なので、特段の理由がない限りTOB期間中に売却して現金化しておく方が無難です。
- 経営陣提案のM&Aの場合: 対象企業の経営陣が関与するMBOなどの場合、提示価格が妥当か慎重に見極める必要があります。経営陣側はできるだけ安く買いたいインセンティブが働くため、プレミアムが低めに設定されやすい傾向があります。そのため独立委員会の意見や第三者算定の評価レンジが開示資料に記載されていれば必ずチェックしましょう。過去にはMBO提案に対し機関投資家や株主が「価格が安すぎる」と反発し、買付価格が引き上げられた例もあります。納得できない場合はすぐ応募せず、期間内に追加提案や価格修正の動きが出ないか見守る選択肢も考えられます。
まとめ:価格の仕組みを理解してTOBを見極めよう
TOBにおける買付価格の決まり方やプレミアムの意味について解説しました。買付価格は市場株価を参考にしつつプレミアムを上乗せして決定され、多くの場合20~40%程度のプレミアムが付与されます。提示された価格水準によってTOBの成否が左右されるだけでなく、投資家にとって売却の好機になるかどうかの判断材料ともなります。
実際にTOBが発表された際は、ぜひ今回紹介した価格決定の仕組みやプレミアムの相場感を踏まえて内容を精査し、適切な判断を下してください。TOB価格の裏にある背景を理解しておけば、突然のTOBニュースにも落ち着いて対処できるでしょう。今後も投資判断に役立つ知識を身につけ、安全・着実な資産運用を心がけていきましょう。