
上場企業の経営権を握るための手段の一つに「TOB(株式公開買付け)」があります。TOBの仕組みや具体的な手続きの流れ、そして公開買付けの期間や条件について分かりやすく解説します。個人投資家としてTOBに直面したときに慌てず対応できるよう、基礎からしっかり押さえておきましょう。
TOBの仕組みとは?基本のおさらい
TOBは特定の上場企業の株式を市場(取引所)を通さずに不特定多数の株主から買い集める方法です。買付けを行う企業(買収者)は買付価格や買付期間などの条件を事前に公表し、株主に対して「〇〇円であなたの持つ株式を買いますよ」と呼びかけます。一般的にTOBの提示価格は市場価格よりも高めに設定されることが多く、株主にとっては市場で売るより有利な価格で株式を売却できるチャンスとなります。
例えば、経営陣自らが自社株を買い集めて非上場化するMBO(経営陣買収)や、他社を子会社化するといったケースでTOBが利用されます。TOBを仕掛ける側を「公開買付者(買い手)」、対象となる企業を「対象会社」と呼び、TOBは金融商品取引法に則って進められる厳格な手続きです。
なお、日本では株式の3分の1超を取得するような買収を行う際、原則としてTOBによる公開買付けが必要(いわゆる「1/3ルール」)と定められています。TOBそのものの詳細な意味やメリット・デメリットについては、「【TOB解説①】TOB(株式公開買付け)とは何か? 基本概念と全体像を初心者向けに解説」の記事でも基礎から解説していますので、併せて参考にしてください。
公開買付けの基本的な流れ
それでは、TOBがどのような手順で進むのか基本的な流れを確認しましょう。TOBには大きく分けて以下のステップがあります。
- 公開買付けの公告:まず買収を仕掛ける企業(公開買付者)は、対象会社の株式を○○円で○○株買い付ける等の買付条件を公告します。公告は金融庁のEDINET(電子開示システム)や新聞などで行われ、これがTOB開始の予告となります。
- 公開買付けの開始・応募受付期間:公告後、公開買付者は金融庁に公開買付届出書を提出し正式にTOBを開始します。ここから定められた公開買付け期間がスタートし、株主はその期間内に応募(自分の株を売る申し込み)するかどうか選択できます。買付期間は法律で20営業日以上60営業日以内と決められており、株主が十分検討できるよう最低期間が確保されています。
- 対象会社の意見表明:TOBが始まると、今度は買われる側の会社(対象会社)が賛成か反対か意見を表明します。公告から10営業日以内に意見表明報告書を提出し、「TOBに賛同する」「反対する(敵対的TOB)」などの立場と理由を公表します。この情報も投資家の判断材料になります。
- 質問期間と条件変更の可能性:TOB期間中、対象会社や株主から買収者に質問が寄せられることがあります。買収者は必要に応じて対質問回答報告書を提出して質問に回答し、それによっては条件の変更(例えば買付価格の引き上げ等)を行う場合もあります。条件が変更された場合、原則として買付期間は延長されますので、応募済みの株主も再検討する時間が与えられます。
- TOB期間終了・結果の公表:定められた買付期間が終了すると、TOBは締め切りとなり、翌日以降に結果が公表されます。応募が目標株数以上集まった場合はTOB成立となり、公開買付報告書が提出されて手続き終了です。反対に、応募株数が目標の下限を下回った場合はTOB不成立(失敗)となり、この場合買付け自体が実行されません。結果の公告日には金融庁への報告も行われ、公開買付け手続き全体が完了します。
- 決済(株式の受渡しと代金支払い):TOBが成立した場合、実際に応募株式の受け渡しと代金の支払いが行われます。公開買付説明書に記載された決済開始日(通常、TOB終了後約1〜2週間以内)に、応募した株主の指定口座へ現金が入金されます。ここまでで株主側の売却手続きは完了です。なお、不成立の場合は売却自体が行われないため、応募した株式はそのまま株主に留まり現金は受け取れません。
以上が基本的な流れです。まとめると、TOBは「公告→開始(応募期間)→結果公表→決済」という順序で進み、期間中に対象会社の意見表明や条件変更の可能性がある点も押さえておきましょう。
TOBの手続きで重要な「期間」とは?
TOBにおいて特に重要な要素の一つが「買付期間」です。公開買付けの期間とは、株主がTOBに応募できる受付期間のことで、前述のとおり20~60営業日の範囲で設定されます。買収者はこの期間をあらかじめ公告し、基本的に途中で短縮したり延長したりはできません(※ただし条件変更など特別な場合を除く)。したがって、株主はこの限られた期間内に応募するかどうか判断する必要があります。
買付期間が長めに設定されている場合、株主側には市場動向を見極める猶予が生まれます。例えば市場株価が変動したり、他の企業が対抗的な提案をしてくる可能性があったりする中で、じっくり検討することができます。一方、期間終了日が迫ってくると証券会社ごとの応募締切日(社内締切)が設けられていることもありますので、余裕をもって手続きを進めることが大切です。期間を過ぎてしまうと原則どんな理由でも応募は受け付けてもらえません。TOBの公告が出たら、まずこの買付期間(応募期限)を必ず確認し、自分がどう対応するか計画を立てましょう。
TOBにおける条件の種類(価格・上限・下限など)
TOBでは事前にいくつかの買付条件が定められ、公表されます。主な条件としては「買付価格」「買付予定株数(上限・下限の有無)」「その他撤回条件」などがあります。
買付価格
買収者が提示する1株あたりの購入価格です。前述のように通常、市場の株価より高め(プレミアム価格)に設定されます。価格が高いほど株主は応募しやすくなりますが、買収者にとってはコスト増となるため、企業価値評価などを基に慎重に決定されます(※価格設定の詳しい考え方は「【TOB解説②】TOBの価格決定方法:買付価格はどう決まる? プレミアムの仕組みを解説」の記事も参照してください)。
株主としては提示価格が妥当かどうか(割安すぎないか)を見極めることが重要です。
買付予定数と上限・下限
買付けする株数の予定と、その上限または下限が設定される場合があります。上限株数とは「〇〇株まで買います」という最大数で、これを超えて応募があった場合は按分比例方式(応募した株主に持ち株数に応じて配分)で一部のみ買付けられます。一方、下限株数は「最低〇〇株集まらなければ買い付け自体行いません」という基準で、応募総数がこれに満たない場合はTOB不成立(全てキャンセル)となります。
例えば「下限なし・上限なし」のTOBなら応募株はすべて買い取られますが、「下限あり」の場合はある程度まとまった株数が集まらないと取引自体が成立しません。また「上限あり」の場合、応募が殺到すると一部しか売れない可能性があるため注意が必要です。
その他の条件(撤回条件など)
TOB公告時には上記の他に、必要に応じてTOBを撤回できる条件や支払いに応じる金融機関なども示されます。例えば「重要な訴訟リスクが発生した場合はTOBを中止できる」といった特約条項が付くケースがあります。ただし基本的にTOB開始後の一方的な撤回は法律で厳しく制限されており、株主保護の観点から安易に中止できない仕組みになっています。したがって通常の状況下では、公表された条件がそのまま最後まで適用されると考えてよいでしょう。
TOBの成立と不成立の違い・注意点
TOBの成立とは、買収者が狙いとする株数(下限条件)が集まった状態でTOBが成功することです。一方、不成立は必要な応募が集まらずTOBが失敗に終わるケースを指します。結果が成立か不成立かで、その後の流れや投資家への影響は大きく異なります。それぞれの違いと注意点を確認しましょう。
▶ TOBが成立した場合
TOB成立となれば、応募した株主の株式はすべて買付け条件どおりに買い取られ、株主には決められた価格で現金が支払われます。めでたく買収者が目標の株数を取得できた形です。ただし上限株数が設定されているTOBで応募超過が起きた場合は、先述の按分比例により応募株の一部しか売却できないことがあります。
例えば100株応募したが50%しか買い取られず、残り50株は手元に戻るといったケースです。このように一部未売却分が発生する可能性がある点は注意が必要です。
成立後の株価や対応にも留意しましょう。買収者が株式の過半数以上を取得した場合、対象会社の経営権は買収者に移ります。特に完全子会社化や非上場化(上場廃止)が目的のTOBだった場合、TOB後に残った少数株主はスクイーズアウト(強制買取)の手続きによって最終的に現金で株式を買い上げられることが一般的です。つまり、TOBに応じず持ち続けていた株主も最終的には売却させられるケースがあるということです(その際の価格も通常TOBと同じ価格が提示されます)。
一方、買収者の取得割合がそこまで高くない場合は上場維持となりますが、それでもTOB完了直後の市場株価は一旦TOB価格近辺から下落し、元の水準に戻ることが多いです。いずれにせよ成立後は株価の動きや今後の経営方針に変化が生じるため、引き続き情報収集が必要です。
▶ TOBが不成立に終わった場合
応募期限までに下限株数を下回る応募しか集まらなかった場合、TOB不成立となります。この場合、公開買付け自体が実行されないため、応募していた株式も一切売却されず手元に戻ってきます。
不成立の結果が発表された直後、対象会社の株価は高い確率で急落します。TOB発表によって上昇していた株価が、買収話が消えたことで元の水準に戻ったり、それ以上に売り込まれたりするためです。応募した投資家は売却できず、応募しなかった人も高値で売るチャンスを逃した形になります。したがって「TOBに応募すれば必ず株を売れる」というわけではなく、条件次第では一株も売れないリスクもある点を覚えておきましょう。
▶ 投資家への注意点
TOB成立・不成立いずれの場合でも、投資家は自分の取る行動によって結果が異なります。基本的な選択肢は「TOBに応募して売却する」「市場で株式を売却する」「売らずに持ち続ける」の3つです。
提示価格が魅力的で確実に売却したいならTOBに応募するのが王道ですが、上記のように上限条件がある場合は必ずしも全株売却できない可能性もあります。一方でTOB期間中に市場株価がTOB価格とほぼ同じ水準まで上がることも多く、その場合は市場で売ってしまえば確実に全株処分できる利点があります(市場売却なら一部だけ売れる心配はありませんが、通常の売却手数料がかかります)。
また、あえて継続保有を選ぶ選択肢もありますが、前述のようにTOB後に上場廃止となるケースでは結局現金化は避けられないため、特段の理由がなければあまり得策ではありません。総じて、TOB発表時には提示条件や株価動向を見極め、自分に有利な対応策を選ぶことが重要です。
投資家が知っておくべき応募の実務
実際に自分が持っている株式についてTOBが実施された場合、「どうやって応募すればいいのか?」という実務面の疑問が出てくるでしょう。基本的な応募手続きの流れと注意点を押さえておきます。
TOBでは買収者(公開買付者)が買付代理人となる証券会社を指定し、その証券会社が応募株式の取りまとめ役となります。対象株を保有する株主は、指定された買付代理人の証券会社に株式を振り替えて応募申込を行う必要があります。例えば、普段株式を預けている証券会社が買付代理人であればオンライン等で直接応募できますが、そうでない場合は口座開設のうえ株式を移管する手続きが必要です。移管には日数がかかるため、「応募しよう」と決めたら早めに手続きに着手することが肝心です。
具体的な応募方法は、各証券会社から案内が出ます。買付代理人が自社の場合、ウェブの専用フォームや窓口で受付してくれるでしょう。他社が代理人の場合は、所定の口座振替書類を提出して株式を移す作業が発生します。書類不備(住所の相違や押印漏れなど)があると手続きが滞り、締切に間に合わない恐れもあります。そのため、書類は余裕を持って提出し、必要事項をきちんと確認しましょう。応募の受付期間ギリギリではなく、締切日の1週間前には動き始めるくらいが安心です。
また、TOB応募には原則キャンセル不可である点にも注意してください。いったん応募の申し込みをすると、基本的に途中で撤回することはできません(※例外として、買付条件の変更など重大な事由が発生した場合には撤回可能となるケースもあります)。
したがって、実務上も「とりあえず応募しておいて後でやめる」は通用しません。応募するかどうか最終判断する前に、TOB説明書や証券会社からの情報をよく読み、納得したうえで手続きを進めましょう。ちなみにTOBに応募する場合、基本的に売却手数料はかかりません(買付者側が負担するのが一般的です)。一方、市場で売却する場合は通常の取引手数料が自己負担となります。このようなコスト面も踏まえ、自分にとって有利な方法で株式を処分するようにしましょう。
まとめ:TOBの全体像を理解して賢く判断しよう
TOB(株式公開買付け)は、企業買収や資本政策において重要な手段であり、個人投資家にも大きな影響を及ぼします。本記事ではTOBの仕組みから始まり、公開買付けの流れや期間・条件のポイント、そして成立/不成立時の注意点や実際の応募手続きまで包括的に解説しました。初心者の方でも、TOBの全体像がおおよそ掴めたのではないでしょうか。
最後に大切なのは、情報に基づいた冷静な判断です。TOBが発表されると株価が急騰したりニュースが飛び交ったりして戸惑うかもしれません。しかし、本稿で述べたように基本的な仕組みと流れを理解していれば、「提示価格は適正か」「応募すべきか市場で売るべきか」「残った場合どうなるか」など検討すべきポイントが見えてきます。ぜひ日頃から知識を蓄え、いざという時には慌てず賢く判断できる投資家を目指しましょう。