【TOB事例】TBSによるWACULへのTOBから見る今後のTOB予想銘柄3選
2025.04.26投稿

2025年4月10日、テレビ局大手のTBSホールディングス(以下、TBS)が、マーケティングDX支援企業のWACUL(ワカル)に対してTOB(株式公開買付)を実施すると発表しました。初心者の方にも分かりやすいように、このTOBの概要から背景、戦略までをカジュアルな切り口で解説します。「どんな会社がTOBされるのか」「どんな背景や狙いがあるのか」を知りたい方はぜひ参考にしてください。それでは見ていきましょう。
TOBの概要 – TBSがWACULを買収へ
まず今回のTOBの概要です。TBSホールディングスがWACULを完全子会社化するため、株式公開買付け(TOB)を実施します(ssl4.eir-parts.net)。TOBとは他社の株式を市場外で買い集める手法で、特定の価格を提示して不特定多数の株主から株を買い取ります。
買付価格(提示された購入価格)は1株あたり502円で、期間は2025年4月11日から5月29日までとなっています。502円という価格は、発表前日の終値268円に比べて約87%も高いプレミアムを付けた水準です。直前の4月10日の終値295円と比べても約70%上回る価格で、株価がほぼ倍近くになるインパクトのある提示となりました。
TOBが完了すればWACUL株は上場廃止となる予定で、WACULの取締役会もこのTOBに賛同する意見を表明しています。
要するに、「TBSが提示した高めの価格でWACULの全株を買い取り、WACULをグループに取り込む」という取り決めです。それでは、この買い手と売り手それぞれの特徴を見てみましょう。
買い手:TBSホールディングスってどんな会社?
TBSホールディングス(証券コード: 9401)は、日本を代表する民間放送局の一つ「TBSテレビ」などを傘下に持つ大手メディア企業です。テレビ・ラジオの放送事業を中核としつつ、グループ全体ではライフスタイル事業や不動産賃貸業なども手掛けています。たとえばTBSは赤坂に本社を構え、番組制作以外にもイベント運営やグッズ販売、オリジナル番組の動画配信サービスなど多角的な関連ビジネスを展開しています。放送に附帯するサービスや設備管理も行っており、メディア以外の分野にも広がりを持つ企業グループです。
そんなTBSが近年力を入れているのが、デジタル分野への進出です。テレビ離れやネット動画の台頭といった環境変化に対応するため、「VISION2030」と称する中長期ビジョンを掲げ、デジタル領域での成長戦略を推進しています。特に「TBSグループID」という会員IDサービスを2023年10月に開始し、視聴者やユーザーのデータを一元管理してグループ全体のマーケティングに活用する取り組みを始めました。従来のテレビ広告だけでなく、ネットやイベントなど様々な接点でユーザーにアプローチし、グループ横断でマーケティング戦略を強化する狙いがあります。
TBSはこれまでも、自社に足りない分野のノウハウ獲得や事業強化のために他社との提携・買収を行ってきました。直近ではアメリカのコンテンツ販売代理店を子会社化したり(2023年)、過去には教育事業(個別指導塾チェーン)の買収(2014年)なども行っています。こうした背景から見ると、「デジタルマーケティングのノウハウを持つWACULを取り込む」今回のTOBは、TBSのデジタル戦略の延長線上にあると言えるでしょう。
売り手:WACULってどんな会社?
WACUL株式会社(証券コード: 4173)は、2010年創業のベンチャー企業で、企業のデジタルマーケティングを支援するサービスを展開しています。社名の「WACUL(ワカル)」はおそらく「分かる」に由来し、「データやAIでマーケティング課題を解決する」ことを目指した社名と言われます(正式な由来は諸説ありますが、事業内容から連想できますね)。
WACULは主力サービスとして「AIアナリスト」というウェブ解析・改善提案ツールを提供しています。これはGoogleアナリティクスなどのアクセスデータをAIが自動分析し、サイト改善の具体策を提案してくれるサービスです。導入実績は4万サイト以上にも上り、累計で12,000件を超えるサイト改善施策のデータを蓄積していると言われます。専門のWeb解析担当者がいない企業でも手軽にデータを活用できる点が評価され、多くの企業のマーケティング支援ツールとして利用されてきました。
またWACULは「AIアナリスト」を軸にして、周辺の様々な事業も展開しています。によれば、SEOコンサルティング事業(検索エンジン最適化の支援)、デジタル広告の運用代行事業、Webサイトの制作支援事業、マーケティングに関するコンサル事業、さらにマーケティング人材のマッチング事業など、サービス領域は多岐にわたります。要は企業のデジタルマーケティングを「ツール提供+コンサル+実行支援」まで一気通貫でサポートできる体制を持っているのが強みです。
WACULは2021年2月に東証マザーズ(現グロース市場)に上場しました。上場時の人気は高く、公募価格1,050円に対し初値が4,645円を付けるほど注目された経緯があります。しかしその後は業績面で投資フェーズが続いたこともあり株価は下落傾向となり、2024年頃には数百円台で推移していました(2024年末時点で300円台前後)。創業以来赤字が続いた期間も長かったWACULですが、近年ようやく黒字化が見え始めたものの、さらなる成長には事業投資や大企業との連携が必要と考えられていたようです。
実際、WACULは2024年頃から外部企業との資本業務提携を模索していた節があります。2024年4月にはTBSとの間でマーケティング領域における協業の協議を開始し、7月〜8月には協業によるシナジーの可能性について両社で継続的に議論を重ねています。そして「完全子会社化も含む資本業務提携」の本格検討に踏み切ったのが2024年8月下旬だったと報じられています。このようにWACUL側も大企業との連携による飛躍を求めており、その受け皿としてTBSを選んだ構図が浮かび上がります。
TOBの背景・狙い – なぜ買収に至ったのか?
それでは、TBSがWACULを買収しようと決めた背景や戦略上の狙いについて深掘りしてみましょう。
TBS側の狙い:データマーケティング強化とDX加速
TBSにとってWACUL買収の最大の目的は、自社グループのデジタルマーケティング力を飛躍的に強化することです。前述のようにTBSは「TBSグループID」という共通ID基盤を立ち上げ、テレビ視聴者やイベント参加者などのデータを横断的に活用する戦略を進めています。このデータを最大限に生かすには、高度な分析とマーケティング施策のノウハウが必要です。そこで白羽の矢が立ったのが、マーケティングDX支援の専門家集団であるWACULだったわけです。
発表資料でも、「WACULのマーケティングやデータ戦略のノウハウを取り込むことで、TBSグループIDを活用したデータ分析やグループ全体のマーケティング戦略を強化できる」と明記されています。テレビの視聴データやWebの会員データを分析し、一人ひとりに最適なコンテンツや広告を届ける——その実現にWACULのAIアナリストやコンサル力が貢献するとTBSは期待しています。
特にシナジー効果としてTBSが挙げているのが「マス広告の枠を超えたマーケティングソリューションの展開」と「グループ横断的なマーケティング戦略の強化」の二点です。これまでテレビCM枠を販売するビジネスが中心だったTBSですが、WACULと組むことでデジタル広告やWebコンサルまで含めたトータル提案が可能になります。テレビ×ネットのデータを融合し、広告主企業に対して包括的なマーケ支援ができれば、新たな収益源や競争優位にも繋がるでしょう。
さらに、TBSはグループ全体で「EDGE戦略」なるDX戦略を掲げており、今回の買収はその推進とVISION2030(2030年ビジョン)の実現を加速させる判断だとも説明されています。放送コンテンツ制作の会社から、データ活用型の総合メディア企業へ進化するためのピースの一つがWACULだったというわけです。
WACUL側の狙い:事業拡大と経営基盤の安定化
一方、WACULにとってのメリットは何でしょうか?中小の上場ベンチャー企業が大手グループに入るケースでは、主に経営資源の拡大と財務基盤の強化が挙げられます。WACULも例外ではなく、TBSグループ入りすることで以下のような効果を期待しています。
- 事業領域の拡大:TBS傘下になることで、従来リーチできなかった大企業顧客や新分野への展開がしやすくなる。実際、WACULは今回の判断について「エンタープライズ企業へのリーチ強化により企業価値向上に資する」と述べています。TBSの持つ大企業ネットワークやブランド力を借りて、営業面でのスケールアップが可能になるわけです。
- 独自データの取得・強化:TBSグループIDなどを通じて膨大なユーザーデータにアクセスできるようになります。WACULにとってデータは命綱ですから、テレビやラジオといった別世界のデータを取り込めるのは大きな武器です。自社AIの精度向上や新サービス開発にもつながるでしょう。
- 財政基盤の安定:ベンチャー企業にとって常について回る資金調達の不安が、親会社の支援で軽減されます。公開資料でも「TBSグループのファイナンス活用による財政改善を期待」といった表現がされています。つまり、必要な投資資金を銀行から借りやすくなる、あるいは親会社から出資を受けられることで、思い切った成長投資が可能になります。また上場を維持するコストやIR対応の手間も無くなるため、経営資源を事業に集中させることができます。
- 人材採用・組織面:大企業グループの一員になることで、優秀な人材を惹きつけやすくなる効果もあります。実際TBS側は「上場企業グループとして共同で採用活動を展開でき、人材確保が容易になる」とメリットを認識していました。ベンチャー単独では難しかった人材獲得や組織拡充が進む可能性があります。
WACULはこれらを総合して、「経営基盤を強化しつつ事業を大きく伸ばせるチャンス」と判断したようです。資料にも「WACULにおいても企業価値向上に資するものとの考えに至った」とあり、買収による双方メリットが強調されています。特に事業の特性や強みを十分に活かした経営を行い、WACUL事業の強化とシナジー最大化を図るとTBSが約束している点は、WACULにとって安心材料でしょう。要は「買った後もWACULの強みは伸ばしてあげるから、一緒に成長しよう」というwin-winの関係を目指しているのです。
交渉の舞台裏:価格交渉と経営陣の合意
背景を語る上で、TOB成立までの交渉プロセスにも触れておきます。今回注目すべきは、買付価格の交渉とWACUL経営陣の判断です。
TBSは2025年1月〜2月にかけてWACULのデューデリジェンス(詳しい調査)を実施し、3月11日にまず1株431円という初期提案を行いました。この価格は3月10日終値302円に約42.7%のプレミアムを載せた水準でした。一見すると4割以上高い価格提示で十分なようにも思えますが、WACUL側は「適正価値を大幅に下回る」と難色を示します。特別委員会で慎重に検討したWACUL取締役会は、「431円では株主にTOB応募を推奨できない」として大幅な引き上げを要請しました。
この要請を受け、TBSも簡単には折れず「431円でも過去の類似取引と比較して遜色ないプレミアムだ」と反論しつつ、WACUL側の考える根拠を問い質すなど応酬があったようです。しかし最終的にはTBSが譲歩する形で価格を引き上げ、4月8日に最終提案として1株502円を提示しました。結果、当初案より約16%アップ、直近株価に対しては倍以上(+101.6%)という破格のオファーとなり、WACUL側もこれを受け入れることになります。
提示価格の評価 – プレミアムは妥当だったのか?
1株502円、プレミアム約87%という今回の買付価格は、一般的なTOB事例と比べてもかなり高めの印象です。通常、TOBプレミアム(直前株価に上乗せする割合)は20~50%程度と言われることが多く、半額近い上乗せでも高い方です。それに比べれば70~80%超というプレミアムは異例とも言えます。なぜここまで高い価格になったのか、そしてそれは妥当なのでしょうか。
まず背景として、前述の通り交渉段階でWACUL側が粘り強く価格引き上げを要求したことが大きいです。特別委員会(社外取締役や第三者評価機関を含む)が、「431円では安すぎて株主の利益にならない」と判断した結果、TBSは最終的に提示額を大幅アップせざるを得ませんでした。WACULとしては株主価値を守るために妥協しなかった形で、この交渉は結果的に一般株主にとってプラスに働きました。
提示額502円を現在の企業価値と比較するとどうでしょうか。WACULの発行済株数はざっくり約780万株なので、企業評価額は502円×780万株=約39億円となります。直前の時価総額が15~20億円台だったことを考えると、企業価値を40億円弱に見積もったことになります。WACULの直近期(2025年2月期)の年間売上はおそらく20億円弱、営業利益は数千万円規模と思われます(参考:2025年2月期第4四半期の経常利益7700万円)。単純計算で時価総額≒年売上の2倍程度ですから、成長企業として割高でも割安でもない水準とも言えます。ただ、マーケティングAIという将来性やシナジー効果を考慮すれば戦略価値込みの評価とも捉えられます。
一方で、過去の株価推移に目を向けると別の見方もあります。WACUL株はIPO直後こそ数千円の値を付けましたが、その後下降し、2023年には500円前後、さらに2024年には300円を割り込む場面もありました。長期に保有していた投資家からすると、502円というTOB価格でも「かつての買値には遠く及ばない…」というケースが多いでしょう。実際、類似例としてUUUM(動画クリエイター支援企業)が2023年にTOBされた際は買付532円でしたが、ピーク時6870円から見ると10分の1以下で「過去に高値掴みした株主は含み損が確定する結果」となりました。WACULでも2021年の高値(数千円)から見れば同様に、大幅な損失確定となる株主が出る水準です。
ただしこれは裏を返せば、それだけ株価が低迷していた(割安だった)からこそTOBの対象になったとも言えます。一般的に「株価が下落傾向にあり足元で安くなっている銘柄がTOBの対象となりやすい」と指摘されています。買収する側としては本来の企業価値から見て割高な株は避けたいものですし、プレミアムを乗せても割安に買える会社に狙いを定めるからです。WACULはまさに市場評価が低くなっていたため、TBSにとって「今ならお得に買える」タイミングだったとも考えられます。
市場の反応 – 株価は急騰、投資家は好意的?
このTOB発表を受けた株式市場の反応も見てみましょう。結論から言うと、WACULの株価は発表翌日から急騰し、TOB価格にほぼサヤ寄せする展開となりました。
発表当日の4月10日終値は295円でしたが、翌11日の市場では朝から買い注文が殺到。70.2%高の502円にサヤ寄せする動きとなり、値幅制限いっぱいのストップ高買い気配となりました。出来高(取引量)も普段の何倍にも膨れ上がり、市場参加者の注目度がうかがえます。最終的に株価はTOB価格近辺の500円前後で落ち着き、以降はその水準で安定推移しています。これは市場が「このTOBは成立するだろう」と織り込んだ動きです。仮に頓挫する懸念があれば大きく値崩れしますが、主要株主が賛同していることもあり失敗リスクは低いと見られています。
少数株主にとっても、二束三文だった株価が倍近くまで跳ねたことはひとまず朗報でしょう。長期保有で含み損を抱えていた人にとっては複雑な面もありますが、少なくとも市場価格で売却するよりは高い価値で現金化できるチャンスです。TOB期間中、株式市場でも500円前後で売買は可能ですが、最終的にはTOBに応募して502円でTBSに買い取ってもらう方が確実です。流動性(取引機会)が低いグロース市場銘柄ですので、まとまった株数を持つ投資家ほどTOB応募を選ぶでしょう。
一方、TBSホールディングス側の株価への影響は限定的でした。買収額約39億円はTBSにとってはそこまで大きな負担ではなく(TBSの時価総額は数千億円規模です)、市場も特段驚きはなかったようです。むしろ「放送局がDX企業を取り込む動きはポジティブ」と受け止められ、メディア業界全体のデジタル戦略加速に対する期待感も見られました。
総じて、今回のTOBは友好的な買収であり両社合意の上で進んでいるため、市場の反応も穏やかかつ前向きなものになりました。乱高下や敵対的買収時のような混乱は起きておらず、投資家は粛々と「WACUL株との別れ」を受け入れているフェーズと言えます。
TOBされやすい企業の特徴 – どんな会社が狙われる?
今回のWACULのケースから学べることとして、「どんな企業がTOB(買収)の対象になりやすいのか」という点を整理してみましょう。実は、これまでの事例を分析するとTOBされやすい企業にはいくつか共通点があるとされています。今後の予測にも役立つポイントを、いくつか挙げてみます。
特徴1:大株主(親会社)による子会社化ニーズがある
まず一つ目は、既に筆頭株主として大量の株を持つ企業が存在するケースです。このサイトでも度々取り上げている「親子上場の解消」はTOBの典型パターンです。親会社側が子会社を完全子会社化してグループ一体運営にしたい、または上場コストを省きたい、といったニーズからTOBが実施されます。
今回のWACULは事前に親会社がいたわけではないですが、代わりに創業経営陣が大株主でした。大株主が買収に賛同すればTOBは成立しやすいので、経営陣が「この会社と一緒になるのがベストだ」と判断したこと自体が特徴と言えます。実際TBSも、大淵社長ら経営陣との合意を取り付けてからTOBに踏み切っています。ですから、「主要株主が売却に前向き」な企業はTOBされやすい傾向があるでしょう。
特徴2:株価が低迷し割安に放置されている
二つ目の特徴は、株価が長期間低迷しており割安状態にある会社です。買収者からすれば高値づかみは避けたいですから、業績の割に株価が安い銘柄は格好のターゲットになります。WACULも上場から2年ほどで株価が大きく値下がりし、業界人気テーマにも関わらず時価総額が数十億円程度まで落ち込んでいました。一般的に30%~40%程度のプレミアムを乗せて買い取ることが多いことを考えると、足元で安くなっている銘柄がTOB対象になりやすい、と考えて間違いないでしょう。まさにWACULはこの条件に当てはまり、TBSにとって割安に手に入れられるタイミングでした。
また、市場での評価が低いと経営陣やVC(ベンチャーキャピタル)も失望しがちで、「それならいっそ非上場化して次の成長を狙おう」という判断が生まれやすい面もあります。上場ゴールと言われるような企業や、IPO時の期待値が剥落して放置されている企業は、外部からの提案を受け入れやすい下地があると言えるでしょう。
特徴3:大企業が欲しがる技術・サービスを持っている
三つ目は、その企業自体が他社にとって魅力的な独自技術やサービスを持っていることです。これ自体は当たり前ですが、要は「シナジーが見込める組み合わせ」になっているかどうかです。今回で言えば、WACULのAIマーケティング技術はTBSのデータ戦略にドンピシャでした。近年ではIT企業やDX関連企業が伝統産業の大企業に買われる例が増えています。大企業側から見て「欲しい!」と思わせる強みがある企業ほどTOBされる可能性は高まります。
例えばトヨタ自動車が先端技術ベンチャーを次々買収したり、ソフトバンクが新興IT企業を取り込むなど、大企業によるスタートアップ買収(いわゆるオープンイノベーション型M&A)は世界的にも増えています。上場企業でも、独自色が強く他社が参入しにくいビジネスモデルを持つ企業は目を付けられやすいでしょう。特にデジタルトランスフォーメーションやAI関連は引く手数多です。自社だけでは活かしきれない技術も、大企業と組めば爆発的な価値を生む——そんなシナジーの予感がTOBの引き金になります。
特徴4:上場を維持するメリットが薄れている
最後にややメタな視点ですが、「上場し続ける意味が薄い」企業もTOB(またはMBO:経営陣による買収)の対象になりがちです。東証グロース市場では、上場基準・維持基準の見直しが進んでおり、時価総額が一定未満の企業に対して上場廃止の圧力が強まっています。具体的には「上場後5年以内に時価総額100億円以上」という基準が導入予定で、WACULのように規模が小さい企業は将来的に基準未達となるリスクがありました。このような環境変化もあり、「基準に達しないくらいなら早めに身売りした方が得策」と判断するケースが増える可能性があります。
また、上場企業であるがゆえに情報開示や株主対応にコストがかかったり、株価低迷で社員の士気に影響が出たりと、デメリットが膨らむ状況も考えられます。そうした場合、非上場化(プライベート化)することで機動的に経営した方が良いと経営陣が考えることもあります。今回のWACULも、上場維持の意義よりもTBSグループ入りのメリットが勝ったのでしょう。一般に「経営改革や次の成長ステージに向け、いったん株式市場から退場する」選択は珍しくなく、これもTOB/MBOの一因となります。
以上、TOBされやすい企業の特徴をまとめると、
- 大株主が売却に前向き(親会社や経営陣が賛同してくれそう)
- 株価が低迷し割安(買収側から見てお買い得)
- 魅力的な技術や事業(買収側の戦略ニーズにマッチ)
- 上場メリットが薄い(非上場化による利点が大きい)
といった点が挙げられます。ただし、これら条件に当てはまるからといって必ずTOBされるわけではない点には注意が必要です。実際にはタイミングや当事者の思惑、市場環境など様々な要因が絡み合います。TOB期待だけで株を買い集めるのはリスクも高い(来ない場合は株価低迷が続く)ので、冷静さも忘れずに…というのが専門家のアドバイスです。
WACUL事例から見るTOBされやすい小型成長企業3選
TBSによるWACULへのTOB事例では、株価低迷や成長期待、マーケティングDX領域の事業、大手とのシナジー期待、そして創業経営陣の大株主としての影響力などが要因となりました。これらと類似の特徴を持ち、今後TOBの対象となりやすいと考えられる日本の上場企業を3社選びます。いずれも時価総額が小さめで成長余地が大きく、株価は割安水準にあるため、大手企業から目を付けられる可能性があります。
Kaizen Platform(4170)
Webサイト改善や生成AIを活用したデジタルマーケティング支援を手掛けるグロース市場上場企業です。IPO後に株価が低迷し、現在PBRは約0.9倍と1倍を下回る水準で割安放置されています。創業社長の須藤氏が約18%の株式を保有する筆頭株主で経営に影響力を持ち、株価低迷に対する危機感も強いとみられます。豊富なAI・DXノウハウによる成長期待がある一方で単独での収益力強化に課題があるため、大手IT企業やメディア企業がシナジー獲得を狙ってTOBを仕掛けても不思議ではない状況です(実際、「これほどのAIラインナップならWACULのようにTOBされてもおかしくない」との声もあります)。
ホットリンク(3680)
SNSマーケティング支援サービスを提供する企業で、ソーシャルメディア分析ツールやインフルエンサーマーケティング支援に強みを持ちます。時価総額は約40億円と小型で、株価指標はPBR0.6倍台と純資産に対して著しく割安な水準です。業績は伸び悩むものの、膨大なSNSデータ解析やUGC活用のノウハウには成長ポテンシャルがあります。創業社長の内山氏が約17%の株式を握る主要株主で、経営判断に影響力を残しています。大手広告代理店やメディア企業とのシナジーが見込まれる領域のため、企業価値向上を狙う買収提案(例えば広告事業強化を図る電通・博報堂系やデータ事業拡大を狙うIT企業からのTOB)が起きやすい候補と言えます。
アライドアーキテクツ(6081)
企業のマーケティングDXを支援するSaaSツール提供やSNSプロモーション支援事業を展開するグロース市場上場企業です。近年の株価低迷でPBRは約0.94倍まで低下し、市場から成長力の割に低い評価となっています。一方、SNS広告やインフルエンサー活用支援といった事業分野はデジタルマーケティング需要の高まりで将来性があり、大手企業とのシナジーによる成長加速が期待できます。創業者の中村壮秀氏が株式の3割超(約34%)を保有しており、意思決定に大きな影響力を持ちます。現経営陣にとっても資本提携による財務基盤強化や事業シナジー創出は魅力であるため、例えば広告・マーケティング大手やITプラットフォーマーから戦略的買収提案(TOB)があれば友好的買収として成立しやすい状況と言えるでしょう。
各社とも小型で割安な今のうちに大手から狙われる可能性があり、WACUL同様に公開買付けによる株式取得が起きても不思議ではありません。
まとめ – TOBの動向と今後の視点
TBSによるWACULへのTOBについて、その概要から背景、戦略的な狙いまで詳しく見てきました。最後にポイントを簡単に振り返りましょう。
- TBSホールディングスは放送事業大手で、デジタル戦略(EDGE戦略・VISION2030)の一環としてマーケティングDX企業WACULの買収を決断しました。狙いはWACULのノウハウを取り込んでグループのデータマーケティングを強化し、新たなソリューション提供や収益拡大に繋げることです。
- WACULはAIアナリストを中心にマーケ支援事業を展開するベンチャー企業で、成長のために大企業との提携を模索していました。TBS傘下に入ることで事業拡大や財務基盤強化が見込め、企業価値向上につながると判断しました。経営陣もTOBに賛同し、自ら株式を応募する契約を結ぶなど全面協力しています。
- TOBの条件は1株502円と高プレミアム(87%上乗せ)で、結果的にWACULの株価は発表後急騰しほぼ提示価格に張り付きました。交渉過程ではWACUL側が価格引き上げを勝ち取り、一般株主にも一定の利益機会が提供される形です。一方で過去の高値から見れば安値での買収となり、長期株主には痛みも伴う水準でした。
- 市場の反応は概ね好意的で、WACUL株はTOB成立を織り込んで高騰・安定。TBS株への影響は軽微でした。今回のケースは友好的買収ゆえ混乱もなく、むしろメディア×DXのシナジーに期待する声もあります。
- TOBされやすい企業の特徴として、大口株主の存在、株価低迷による割安さ、独自の強み(買い手とのシナジー要素)、そして上場維持メリットの低下などが挙げられます。今後も東証グロース市場を中心に、似た条件の企業がTOB候補になる可能性は十分考えられます。
今回のWACUL買収劇は、伝統的メディア企業がベンチャー企業の力を借りて変革を図る象徴的な出来事でした。皆さんも、企業ニュースやIR情報を見る際には「この会社はどこか大企業と組んだら面白そうだな」「株価が安いけど技術力あるから狙われるかも?」といった視点を持つと、TOB予測のヒントになるかもしれません。
今後もTOBの件数は増える傾向は間違いなく、市場の再編や新陳代謝が進んでいくでしょう。このサイトでも引き続き参考になる情報をお届けしていきたいと思います。
参考資料・出典:
- TBSホールディングス公式リリース『株式会社WACUL株券等に対する公開買付けの開始に関するお知らせ』
- 日本M&Aセンター M&Aニュース「TBSホールディングス、WACULに対しTOB実施」
- M&A Onlineニュース「TBSホールディングス<9401>、WACUL<4173>をTOBで子会社化」
- 株探ニュース(フィスコ)「WACUL—ストップ高買い気配、TBSホールディングスがTOB」
- 楽天証券 トウシル「TOBされやすい企業の特徴と注意点」