【TOB事例】NSSK-J1によるウィザスTOBの概要と背景と連想されるTOB候補銘柄3選
2025.06.09投稿

東証スタンダード上場の教育サービス企業であるウィザス(証券コード: 9696)に対し、投資ファンド運営会社NSSK(日本産業推進機構)グループ傘下の株式会社NSSK-J1が株式公開買付け(TOB)を実施します。買付価格は1株あたり3,237円で、これは発表前日の終値(2,743円)に約18%のプレミアムを乗せた水準です。
ウィザス取締役会はこのTOBに賛同を表明し、株主に応募を推奨しています。本TOBに応募が成功すれば、ウィザスは非公開企業(上場廃止)となり、NSSKグループの完全子会社化が予定されています。
以下では、このTOBの基本情報、経緯や背景、買収者の狙い、今後の経営戦略、創業家の動向、および株主への影響について、一般投資家にも分かりやすく解説します。
TOBの基本情報
まず、今回発表されたTOBの基本的な内容を整理します。主な条件は以下の通りです。
- 買付者(TOB実施主体): 株式会社NSSK-J1(NSSKグループが2025年4月にTOBのため設立した特別目的会社)
- 買付価格: 普通株式1株あたり3,237円(発表前終値比+18.01%のプレミアム)
- 買付期間: 2025年6月10日(火)~7月22日(火)まで
- 買付予定数: 9,129,594株(ウィザスの発行済み株式のすべてに相当※自己株除く)
- 最低成立予定数: 5,958,100株(約65.3%)
- 公開買付代理人: SMBC日興証券
買付予定数はウィザスの全株式数に相当しており、本TOBは全株式の取得による完全子会社化(100%子会社化)を目的としています。買付者が設定した最低成立数(約595.8万株)は発行済株式の約65%にあたり、これ以上の応募が条件となります。買付期間は約6週間と長めに設定されており、これは株主に十分な検討時間を与える配慮や、必要株数の応募を確実に得る目的があると考えられます。
TOBに至る背景と経緯
ウィザスは関西発祥の教育サービス企業で、学習塾「第一ゼミナール」や通信制高校「第一学院高等学校」など幼児から高校生までを対象に幅広い教育事業を展開しています。1976年創業以来、同社は創業家による経営色が強く、創業者の堀川一晃氏(現在は相談役)とその家族が株式を保有し経営にも関与してきました。
創業家は自らの資産管理会社や親族を通じて約20%もの株式を保有しており(堀川氏本人2.42%+関係会社・ご長男・ご次男・配偶者ら合計20.02%)、ご長男の堀川直人氏は執行役員に就任するなど経営陣にも名を連ねていました。こうした創業家中心の体制に対し、市場ではガバナンス(企業統治)上の懸念が指摘されていました。
近年ウィザスは業績の伸び悩みもあり、創業家の影響力排除と経営改革を求める動きが表面化します。その代表が筆頭株主であるGlobal ESG Strategy(GES)という海外ファンドの存在です。GESはウィザス株を約19%保有しており、「創業家による不適切な影響力の排除」や「上場企業としてふさわしい経営体制の改善」を目的に、経営陣への提言や株主提案を行ってきました。
例えば2025年4月には、取締役会の刷新(社外取締役の比率向上や議長の社外化)や買収防衛策の廃止など複数の株主提案を提出し、いわゆるアクティビスト(物言う株主)としてウィザスの企業価値向上を促す動きを見せています。
こうした中、ウィザス経営陣も企業価値向上策として非公開化(プライベート化)の検討を進めました。創業家の影響力問題や中長期成長戦略のために、外部資本を受け入れて経営体制を抜本強化する選択肢です。
2025年1月には取締役会が社外取締役や法律事務所等で構成する特別委員会を設置し、利害関係者から独立した立場でTOB提案の是非を検討するプロセスを始めました。これは創業家や筆頭株主(GES)が関与する中で公正性・客観性を担保する狙いがありました。
ウィザスには複数の投資ファンド等から買収提案(入札)が寄せられたと見られ、その中で最終的に選ばれたのがNSSKグループです。2025年5月までに入札プロセスが進行し、5月19日にウィザス取締役会は特別委員会の意見に基づき、NSSK-J1を最終候補として交渉することを決定しました。その後、5月26日にはウィザス側の特別委員会がNSSK-J1に対し「1株3,207円」でTOB実施に内諾を伝え、創業家もこの価格で基本合意しました。当初提示された買付価格は3,200円強だったことになります。
しかし筆頭株主のGESは、この価格では株主価値最大化に不十分と考え、さらに交渉を重ねました。その結果、6月6日になってNSSK-J1は買付価格を30円引き上げて1株3,237円とすることに同意し、GESもこれを受け入れる形で合意しました。こうして最終的なTOB条件がまとまり、6月9日付でウィザスはNSSK-J1によるTOB受諾を正式発表する運びとなりました。
注目すべきは、創業家がTOBに協力的な姿勢を取った点です。堀川一晃氏およびその家族・関係会社(創業家グループ、前述の約20%保有)はNSSK-J1との間で応募契約を締結し、自ら保有する全株式(1,828,200株)をTOBに応募することを約束しました。創業家自らが株式を差し出すことで、自身の経営支配権を手放す決断を下した形です。
この合意によりNSSK側は予め20%の株式取得を確実なものとし、TOB成立のハードルを大きく下げました。また、筆頭株主のGESも同様に応募契約を結んでおり、同社保有分(約19%)もTOBに応募される予定です。
つまり約40%近い株式が既に応募確約されている状況であり、残る一般株主から約25%程度の応募が集まれば条件はクリアできる計算です。ウィザス取締役会もTOBへの賛同と応募推奨を表明していることから、敵対的買収ではなく友好的買収として進められており、TOB成立の可能性は極めて高いとみられます。
NSSKの投資方針とウィザスに対する戦略的意図
NSSK(日本産業推進機構)は、日本国内の中堅企業への投資育成を専門とするプライベートエクイティ・ファンド運営会社です。地域・産業活性化を掲げ、事業ポートフォリオの拡大や経営改善を通じて投資先企業の価値向上を図る方針を持っています。今回買付者となっているNSSK-J1はNSSKグループのファンド(NSSK III号ファンド)のために設立された特別目的会社であり、NSSK本体が間接的に全株式を保有しています。
NSSKは特にサービス業分野での投資実績が豊富ですが、その中でも教育業界に対して強い関心と知見を有しています。実際、NSSKグループは教育事業への投資・買収・経営支援の実績が豊富であり、文部科学省の管轄下にある学校ビジネスにも積極的に関与してきました。たとえばNSSKグループの一員である「WEWORLD」という企業では日本語学校の運営事業に投資し、他にも複数の教育関連企業に出資・買収を行ってきた経緯があります。このような経験からNSSK側は「教育業界の動向や課題を熟知し、経営支援できる」という自負を持っており、ウィザスに対しても自社の経営資源やネットワークを提供して価値向上に寄与できると考えています。
NSSKがウィザスに対して描く戦略的意図は、大きく言えば「ウィザスの企業価値・株主価値を、現状以上に高めること」です。そのために必要となる施策や体制構築を非公開化後に迅速に実行する狙いがあります。
上場企業のままでは創業家への忖度や既存経営陣のしがらみによって大胆な改革が難しい面もありましたが、NSSKの傘下に入ることでオーナーシップが明確化し、意思決定のスピードアップが期待されます。また非公開化によって四半期ごとの業績開示に左右されず、中長期的視点で思い切った投資や構造改革が行えるメリットもあります。
具体的には、NSSKはウィザス買収後に以下のような方針を示しています:
- 経営資源の投入: NSSKグループが有する人的ネットワークやノウハウ、資金をウィザスに投入し、現経営陣とともに事業基盤の強化を図る。特に教育業界で培った知見を共有することで、新サービス開発やマーケティング面で支援を行う。
- ガバナンス強化: TOB成立後、NSSK-J1が指名する取締役をウィザス取締役会の過半数以上に送り込み、必要ならばNSSK側から社外監査役も派遣する計画です。これにより経営のコントロールを確実に握りつつ、社外の視点も取り入れてガバナンスを改善します。ただしNSSKは現経営陣の続投も希望しており、現場をよく知る人材を活かしながら自社のノウハウを融合させる姿勢です。取締役候補者の具体名や人数は未定ですが、新旧の知見を合わせて「オールウィザス」で企業価値向上に取り組む体制を構築するとしています。
- 長期成長戦略: NSSKはウィザス単体では困難だったより高い成長目標の実現を支援すると述べています。ウィザスが2025年5月に発表した中期経営計画の数値目標に対し、GESなど一部株主は「潜在成長力に対して不十分」と評価していました。NSSK参画後は、計画を上回る積極的な成長戦略が期待されています。
以上のように、NSSKはウィザスの経営に深く関与しつつも、現状の強み(ブランド・現場力)を活かしながら弱点を補強することで、企業価値を引き上げようとしています。教育サービスは人材やブランド力が物を言う業界であり、NSSKは「これまでウィザスが築いてきたブランド・事業基盤を尊重する」と明言しています。
むやみに事業を切り売りしたりリストラを強行するのではなく、共存共栄型のバリューアップを志向している点がうかがえます。
今後の経営戦略:M&A・人材活用・教育事業強化
NSSK傘下でウィザスが目指す具体的な経営戦略として、M&A(企業買収)による事業拡大、人材の有効活用、新規事業・サービスの強化などがキーワードとなります。いずれもウィザスが直面する経営課題に対応し、成長軌道に乗せるための施策です。
- 積極的なM&A展開: 少子化や競争激化が進む教育業界では、生き残りと規模拡大のための再編が活発化しています。ウィザスも近年、小規模学習塾の買収や業務提携を進めており、例えば個別指導塾「まなび」等を展開するBlue Sky FC社の買収や、教育ベンチャーとの資本業務提携などを実施してきました。NSSK参加後は、このような戦略的M&Aをさらに加速させる可能性があります。NSSKは豊富な投資資金と業界ネットワークを持つため、有望な教育事業者を次々とグループ化し、スケールメリットを追求できるでしょう。
- 人材の活用と組織力向上: 教育事業においては「人」が最重要の経営資源です。ウィザスはベテラン講師陣や学校運営スタッフなど有能な人材を多く抱えています。NSSKは現経営陣・現場スタッフと「一丸となって企業価値向上を図る」方針を示しており、従業員のモチベーション向上や適材適所の配置に力を入れるでしょう。またNSSKのネットワークを活かし、外部から専門人材や経営人材を招へいしてくる可能性もあります。創業家による「トップダウン」ではなく、プロ経営陣と現場の協働による組織体制への移行が進めば、人材の能力発揮がこれまで以上に期待できます。
- 教育サービスの強化・拡充: ウィザスの主力は学習塾と通信制高校ですが、教育ニーズの多様化に対応するためサービス開発が欠かせません。NSSKは教育業界の潮流として、デジタル化・オンライン化の加速や、子どもの学び方の多様化を重視しています。そのため、ウィザスにおいてもICT(情報通信技術)の活用やオンライン教育コンテンツの拡充、AI教材の導入等、新時代に即したサービス強化が図られるでしょう。NSSKの協力のもと、ウィザス単独では難しかった大胆なサービス改革が推進される可能性があります。
以上のような戦略によって、ウィザスは「守りから攻めへ」と経営姿勢を転換し、中長期的な成長を目指すことになります。実際、TOB発表に際してウィザス経営陣は「NSSKの支援を受け、同社単独では実現が困難なより高い企業価値の実現を目指す」とコメントしており、非公開化後の成長加速に意欲を示しています。今後数年間で、教育業界内におけるウィザスの存在感向上や事業領域の拡大が期待されるでしょう。
創業家(堀川一晃氏一族)の動向とTOBへの関与
今回のTOBのもう一つの焦点は、ウィザス創業家の去就です。前述の通り、創業者・堀川一晃氏とその一族(堀川家)はウィザス株の約2割を握る大株主であり、同社経営に長年影響力を及ぼしてきました。特に、一族の資産管理会社「株式会社ヒントアンドヒット」はウィザス第2位株主(7.15%)であり、堀川氏の長男・直人氏(5.13%)および次男・明人氏(5.10%)も主要株主として名を連ねます。ウィザスにとって堀川家=創業家は避けて通れない存在でした。
しかし今回、創業家は事実上経営の第一線から退く決断をしました。NSSK-J1との間で締結した応募契約により、創業家が保有する全ての株式をTOBに応募する運びとなったためです。これは、創業者一族がウィザスのオーナー株主から外れることを意味します。創業者の堀川一晃氏は現在相談役の肩書きですが、主要株主でなくなれば経営への発言力は大きく低下します。また長男の直人氏は執行役員職にありますが、親会社交代後の役員人事見直しの中でポストから退く可能性も指摘されています(現時点で明言はされていませんが、少なくとも取締役ではないため直接の経営決定権は持っていません)。
創業家がTOBに賛同した背景には、提示価格への一定の満足感と身を引くタイミングの見極めがあったと考えられます。堀川氏一族は当初3,207円の提示額でも合意していた経緯があり、最終的に3,237円へ上積みされたことで納得しやすくなったと言えます。長年築いた会社を手放すことへの感情的な葛藤はあったでしょうが、一方で上場企業として改革を迫られるプレッシャーや、GESのようなアクティビストから批判を受ける状況は、創業家にとっても負担だった可能性があります。むしろ高値で株式を現金化できる機会と捉え、創業家にとっても「EXIT(資本退出)」の好機と映ったのかもしれません。
ウィザスのTOBから連想されるTOB候補銘柄
前提となる「ウィザス型TOB構図」の要素
- 創業家支配が残る老舗企業
- 筆頭株主がアクティビスト(物言う株主)
- ガバナンスに対する市場からの批判
- 企業価値が割安とされる教育・サービス業など
- 成長資金や経営改革に悩み、非公開化のメリットが大きい
- 近年株主提案・敵対的動きの兆候あり
- MBOまたはPEファンドによる買収余地あり
TOBが予想される「ウィザス型」銘柄候補
銘柄名(証券コード) | 主な理由 | 補足解説 |
---|---|---|
日本和装ホールディングス(2499) | 創業家支配+アクティビスト登場 | 和装・着付教室運営。創業者が支配権を維持しつつも、アクティビストの株主提案経験あり。非公開化して承継問題を整理する動きが出ても不思議ではない。 |
日本駐車場開発(2353) | 創業者色+MBO思考強い | 駐車場運営の優良企業だが、実質的にオーナー主導で経営されている。かつてMBOを示唆する動きもあり、再浮上の可能性。 |
オンデック(7360) | マーケットでの評価と成長期待の乖離 | M&A仲介業。上場維持コストに比して成長鈍化との指摘も。PEファンドによる再上場支援案件に近い構造。 |
おわりに
NSSK-J1によるウィザスへのTOBは、企業改革と投資家リターン実現を両立させる動きとして注目されます。停滞気味だった教育サービス企業に対し、外部資本が入りガバナンスを刷新することで、従来のしがらみを断ち切って成長への舵を切る好例と言えるでしょう。
創業家の退場とファンドの支援という劇的な転換点を迎えるウィザスですが、これを契機に事業がさらに発展すれば、従業員・生徒・株主といったステークホルダー全てにとってWin-Winの結果となります。一般投資家としては、自身の保有株の扱いを検討するとともに、本TOB後のウィザスがどのような成長物語を描いていくか引き続き注視していくと良いでしょう。