
2025年7月28日、株式会社トプコン(東証プライム 7732)を対象としたマネジメント・バイアウト(MBO)による公開買付け(TOB)が公表されました。本件は、トプコンの現職経営陣(江藤隆志社長)が主導し、世界的投資ファンドであるKKRと政府系ファンドである産業革新投資機構(JIC)の出資を受けて同社を非上場化するものです。
今回は本TOBの主要ポイントをご紹介します。
TOBのスキーム:MBOの流れとスクイーズアウト
本TOBは、トプコンの経営陣が参加するMBOの一環として実施されます。公開買付者はKKRが設立した特別目的会社であるTK株式会社(KKR運営ファンドの100%子会社)であり、トプコンの全株式等の取得を目指します。
MBOの流れ
- 取締役会承認: 2025年3月28日、トプコン取締役会は本TOBに賛同し、株主に応募推奨を決議しました。
- 公開買付け: 2025年7月29日から9月9日までの期間でTOBが実施され、TK株式会社がトプコンの普通株式、新株予約権、および米国預託証券を1株(もしくは1証券)あたり3,300円で買い付けます。
- TOB成立条件: 買付予定株数の下限は発行済み株式等の50.10%(52,861,561株)と設定されており、この条件以上の応募があればTOBは成立します。上限は設定されていません。
- 決済とその後: TOB成立後、応募株主への代金支払い(決済)は9月17日から開始される予定です。
スクイーズアウトについて
TOB終了後、公開買付者(TK社)は残る少数株主をスクイーズアウト(強制買取り)する手続きに移行し、最終的にトプコン株式は全て公開買付者が取得します。具体的なスクイーズアウトの方法(株式併合等)や日程は今後決定次第公表されますが、上場廃止は所定の手続きを経て実施される予定です。
TOB成立時点で上場廃止基準に該当しなくても、その後のスクイーズアウト完了をもって最終的にトプコンは上場廃止となり、TK株式会社の完全子会社となる見込みです。
本件MBOでは、経営陣が引き続き経営にあたる前提で非上場化を進める点が特徴です。仮にTOBが不成立となった場合(応募が下限に満たない場合)は本取引は中止となり、トプコンは引き続き上場を維持します。
買付価格:株式・新株予約権・米国預託証券
公開買付価格は以下の通り設定されています。
- 普通株式: 1株あたり3,300円
- 第7回新株予約権: 1個あたり193,400円(※1個の新株予約権で100株の普通株式に相当)
- 米国預託証券(ADR): 証券1単位あたり3,300円(※米国預託株式1株に対応する金額)
この価格3,300円は、KKRとトプコンの協議・交渉を経て合意されたものです。
価格プレミアム
提示価格には、以下のようなプレミアム(上乗せ幅)が含まれています。
- 過去12か月間(2024年12月9日まで)の株価終値平均に対して約99.5%のプレミアム
- 過去6か月間(同上)の株価終値平均に対して約105.2%のプレミアム
これは、2024年末時点の株価(TOB観測報道前の水準)と比較すると実質株価を倍近くに引き上げる水準です。
正式発表直前の株価(例:2025年3月28日の終値3,130円)と比べると上乗せ幅は約5.4%増にとどまりましたが、これは観測報道や市場期待による株価上昇をすでに織り込んだ後の水準であり、長期的な株価平均から見れば非常に高いプレミアムと言えます。
関係者:公開買付者、出資者、経営陣など
本TOBおよびMBOに関与する主な関係者は以下の通りです。
- 公開買付者(TOB実施主体): TK株式会社 – KKRが管理運営する投資ファンドにより100%保有される特別目的会社です。
- 公開買付者の親会社: TKホールディングス株式会社 – TK株式会社の親会社で、KKR運営ファンドが現在100%出資しています。本TOB成立後、TKホールディングスに対してJICキャピタルからの出資が予定されています。
- 出資パートナー:
- KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ): 米国を本拠とする世界有数の投資ファンドです。
- JIC(産業革新投資機構): 日本政府が出資する官民ファンドであり、その子会社であるJICキャピタル株式会社(JICC)を通じて本件に参画します。JICCは、本TOB後にTKホールディングスの優先株を950億円分引き受け出資する契約となっています。
- 対象会社経営陣: 江藤隆志 社長CEO – トプコンの代表取締役社長CEOで、本MBOを主導する経営者です。江藤社長自身も本TOBに応募し、売却代金の一部を用いて本取引後にTKホールディングスへ再出資する予定です。これにより、非上場化後も経営陣が株主として参画し、経営をリードし続ける体制となります。江藤社長以外の現経営陣も引き続き経営にあたり、従業員の雇用や事業運営は現体制が維持される見込みです。
- トプコン取締役会: 社外取締役を含む取締役会は、本TOBについて特別委員会の勧告も踏まえ賛同を表明し、株主に応募を推奨しています。
- 公開買付代理人: 三菱UFJモルガン・スタンレー証券、およびその復代理人である三菱UFJ eスマート証券(旧auカブコム証券)。
今後のスケジュール:TOB期間とその後
本TOBに関する主要なスケジュールは以下の通りです。
- 2025年3月28日: 取締役会でMBO実施とTOB賛同を決議、KKR・JICとの提携を発表。
- 2025年7月29日: 公開買付け開始日(TOB応募受付開始)。TOB期間は21営業日間です。
- 2025年9月9日: 公開買付け期間終了日。応募最終日となります。
- 2025年9月17日頃: 決済開始日。TOBに応募した株主への代金支払いが開始される予定です。
TOB成立後の見込み
TOB成立後、公開買付者はトプコン株式の大部分を取得するため、東京証券取引所の上場廃止基準に抵触する可能性があります。取得比率次第では速やかに上場廃止に向けた手続きが開始されます。
最終的な上場廃止はTOB完了後、必要な法的手続き(株主総会での株式併合決議等)を経て実施される見込みで、年度内(2025年末~2026年初)には非公開化が完了する可能性があります。
TOB期間中は市場で通常取引も可能ですが、株価は公開買付価格に近づいて推移する傾向があります。最終的に非上場化されれば市場で株式を売買できなくなるため、応募を検討する株主は期間内に所定の手続きを行う必要があります。
TOBの背景:業界動向と戦略的意図
今回トプコンがMBOによる非公開化を選択した背景には、同社を取り巻く事業環境、経営戦略上の課題、そして株式市場の状況があります。
長期ビジョンの推進
トプコンは創業100周年となる2032年に向けた長期ビジョンを掲げ、2023年度からの中期経営計画「2025」を推進中でした。
更なる成長には抜本的な事業変革と先行投資が必要と認識しており、特にアイケア事業のビジネスモデル転換やポジショニング事業の構造改革など、短期的収益圧迫を辞さない大胆な投資・改革が不可避でした。
株式市場の制約
東証プライム市場に上場する公開企業であるがゆえに、株主から短期的な業績向上やリターンを強く求められる状況があり、長期戦略との両立が課題となっていました。
近年は海外アクティビストファンドが相次ぎ参入し、「物言う株主」からの積極的な提言・要求が経営陣にとって短期株主価値と長期成長戦略の板挟みとなる可能性を高めていました。
江藤社長も「現在の株式市場では短期的リターンが求められ、長期戦略とは両立しにくい」とコメントしており、この構造的課題がMBO決断の一因であったと述べています。
KKR・JICというパートナー選定
トプコンはあらゆる選択肢を検討し、KKRおよびJICとの戦略的パートナーシップによるMBOが最良の道との結論に至りました。
KKRは眼科領域や建設・測量などトプコンの事業に近接する領域で豊富な投資実績と知見を有し、そのグローバルネットワークは特に米国を中心とした海外市場での事業拡大を後押しできると期待されています。
JIC参画の意義
JIC(産業革新投資機構)は日本政府の支援する大型ファンドであり、官民の幅広いネットワークと経営支援ノウハウを持ちます。
トプコンが手掛ける先端技術分野のうち、宇宙・防衛事業は経済安全保障上重要なコア分野であるため、外国資本であるKKR単独での買収には当局審査など慎重さが求められる側面がありました。JICが共同スポンサーとなることで、公的立場から当該事業の発展を支える役割が期待されています。
非上場化による経営環境改善
MBOにより非上場化を実現することで、四半期ごとの業績に縛られず長期的な視野で経営判断ができる安定環境を確保できます。
KKRおよびJICからの長期資本支援のもと、現在の経営陣が引き続きハンドルを握り、思い切った成長投資や構造改革に取り組むことが可能となります。
今回のTOBの特徴:価格プレミアム、独立性確保措置、JIC出資など
今回のトプコンMBO/TOBには、他の案件と比較しても特徴的なポイントがいくつかあります。
類例を上回る価格プレミアム
提示価格の3,300円は、市場観測報道前の株価水準から見て株価を約2倍に引き上げる非常に高いプレミアムが付与されています。
近年のMBO事例と比べても「類似案件を上回る水準」と会社側も説明しており、株主にとって合理的な売却機会になるよう配慮がなされています。
MBOにおける独立性・公正性確保
経営陣主導のMBOでは利益相反の懸念があるため、トプコンは特別委員会を設置し第三者の視点から取引の公正性を審査しました。特別委員会は社外取締役5名で構成され、2024年11月からKKR提案の評価や価格交渉の助言を行い、取締役会に対し本MBOが妥当であるとの答申を提出しています。
また、JPモルガン証券が会社側の財務アドバイザー兼第三者算定機関として起用され、公正な価格算定やフェアネス・オピニオン(適正意見)の提供を行いました。
JICの出資参加
官民ファンド(JIC)がMBOに出資者として参加する点は注目されます。官民連携のMBOは過去例が少なく、本件はその数少ない事例です。
JICは約950億円もの大型出資を行い、KKRとともにトプコンの筆頭株主グループとなります。JIC参加により、経営支援のみならず安全保障面での政府との連携や、国内産業振興の観点で政策的後押しが得られるメリットがあります。
経営陣の継続関与とインセンティブ整合
MBO後も現経営陣(特に江藤CEO)が引き続き経営トップを務め、株主としても再出資することでオーナーマネジメントの形をとります。
これにより、新株主(KKR/JIC)と経営陣の利益がある程度一致し、長期的企業価値向上に向けたインセンティブが整います。
その他特記事項
配当の取り扱い
2025年3月期の期末配当について、トプコンは本TOB成立を前提として無配とする決定を行いました。これは買付価格に将来の配当分を織り込んで算定しているためです。
TOB開始までの期間
当初計画からTOB開始まで約4か月の間隔がありました。これは公正取引委員会による競争法上の審査や、経済安全保障上の事前相談等に時間を要した可能性がありますが、予定通り7月末にTOB開始となりました。
以上のように、フジテックはアクティビストの強い影響下で経営が変革期にあり、海外ファンドによる買収観測が現実味を帯びている企業です。経営陣によるMBOではなくとも、外部ファンドの主導で非公開化(上場廃止)に至るシナリオが十分考えられます。
トプコンに対するTOB/MBOは、日本の上場製造業企業に対する大型MBOであり、グローバルファンドと官民ファンドの協調による経営支援という特色があります。一般投資家としては、提示価格の妥当性や今後の株式売却手段(TOB応募か市場売却か)を判断する必要がありますが、会社側から発表されている情報や独立委員会の評価を見る限り、本TOBは長期的視点で企業価値を高めるための施策として提案されていると言えるでしょう。
今後の手続きが円滑に進めば、2025年秋以降にトプコンは非上場会社として新たなスタートを切る見通しです。投資家の皆様は適時開示や会社発表の最新情報を確認しつつ、ご自身の利益に沿った対応を検討してください。