
調剤薬局2位の日本調剤について、2025年7月31日に投資ファンドのアドバンテッジパートナーズが買収すると発表した。TOB(株式公開買い付け)などで総額およそ1178億円で全株を取得し、日本調剤は上場廃止となる。
もともと事前にTOB観測が出ていましたが、実際の発表の状況はどのような結果になったか、確認をしてみたいと思います。
TOB発表前の観測報道と憶測
日本調剤の株式非公開化に関する報道は、正式発表前から複数のメディアで観測記事が出ていました。
2025年7月29日付の日本経済新聞朝刊(同28日電子版)では、「投資ファンドのアドバンテッジパートナーズが日本調剤を1000億円強で買収し非公開化する方向で最終調整に入った」と報じられました。この報道によれば、日本調剤はドラッグストアとの競争激化で業績が低迷しており、ファンド傘下での立て直しを図る狙いがあるとされています。
こうした報道を受けて、東京証券取引所は7月29日朝に日本調剤株の売買を一時停止し、「公開買付けに関する報道の真偽の確認」のためと説明しました。実際、日本調剤側も同日「概ね事実」とコメントを発表し、正式決定時には速やかに公表すると述べています。
なお、日本調剤は4月にもMergermarketの英文報道を受けて株式非公開化の入札プロセスを進めていることを認める開示を行っており、当時株価がストップ高になるなど市場には早くから思惑買いが広がっていました。
観測報道ではTOB価格こそ明示されなかったものの、「通常、非公開化では現在株価より30~40%高い価格でTOBが行われる」との見方が一般的で、投資家の間ではプレミアム水準への期待が高まっていました。
発表されたTOBの内容
正式発表は7月31日に行われ、日本調剤の取締役会も了承した上でTOB(株式公開買付け)の実施が公表されました。
買付け主体はアドバンテッジパートナーズ系列ファンドとLYFEキャピタル関連ファンドが出資する特別目的会社「株式会社AP86」で、買付価格は1株あたり3,927円に設定されています。この価格で全株取得された場合の買付総額は約948億円となり、報道で言及された「1000億円強」に近い水準です。公開買付け期間は8月1日から9月16日までと発表されました。
日本調剤の取締役会はこのTOBに賛同の意見を表明し、株主に応募を推奨しています。TOB成立後は日本調剤はAP86の完全子会社となり、上場廃止(株式非公開化)となる予定です。
買付価格3,927円は、正式発表直前の最終株価3,515円(7月28日終値)に対し約12%のプレミアムに相当します。これは市場で一般に想定される30%超のプレミアムと比べると低めですが、後述のように日本調剤株は観測報道を織り込んで事前に上昇していたため、結果的にプレミアム水準が圧縮された形です。
発表資料によれば、主要株主との間で応募契約等も締結されています。具体的には、日本調剤創業者で現代表取締役会長の三津原博氏およびそのご家族等(筆頭株主の三津原庸介氏〈22.17%保有〉、三津原博氏〈16.01%〉、三津原陽子氏〈2.67%〉、姚恵子氏〈1.80%〉)が保有する合計42.64%の株式について、7月31日付でTOBへの応募契約を締結し、全株を応募することに合意しています。
一方で、創業家が資産管理会社として保有する第2位株主「MP社」(19.48%保有)に関しては、TOBには応募しない代わりにTOB後にAP86がMP社の全株式を取得する契約を結んでおり、MP社保有株も含め最終的に100%の株式取得を目指すスキームとなっています。このように事前に創業家・関係者の協力を取り付けることで、買付けの成立および株式の完全取得を確実にする狙いがうかがえます。
事前の期待と実際のTOB条件の比較
観測報道段階で囁かれていた条件や市場の期待と、最終的に発表されたTOB条件を比較すると、いくつか相違点が見えてきます。
まずTOB価格・プレミアム水準について、事前には「非公開化なら3~4割高い買付け価格になるのでは」との見方もありました。しかし実際の価格3,927円は直前株価比+12%程度に留まり、期待されたほどの高プレミアムではありませんでした。
この背景には、4月以降に非公開化観測が広まる中で株価がすでに大きく上昇し、プレミアムの先食いが起きていたことが挙げられます。実際、日本経済新聞の報道が出る前日の7月28日時点で株価は3,500円台となっており、4月中旬(観測報道直後は2,100円前後)から見ると大幅高となっていました。市場価格が高止まりした結果、買収側としては提示プレミアムを抑えざるを得なかったとも考えられます。
また買収スキームについても、事前報道では単に「ファンドが全株取得へ」といった概要でしたが、実際には創業家の資産管理会社株式をTOB外で取得する特殊な構造が取られました。この点は観測段階では明らかでなかった部分です。
さらに共同出資者として中国系ヘルスケア投資ファンドのLYFEキャピタルが参加していたことも、正式発表時に明らかになったポイントです(報道段階では主にアドバンテッジパートナーズ単独のように伝えられていました)。こうした出資構成の詳細や、創業家との契約スキームは、正式開示資料で初めて示された実際の条件と言えます。
一方、非公開化の狙いや経営再建の方向性については、報道段階でも「ファンド傘下で立て直し」と伝えられており、正式発表でも企業価値向上を目的に上場廃止する方針が示されており、大筋で一致しています。
総じて、価格面では事前期待より厳しめの条件でしたが、非公開化に踏み切る動機やファンド主導で再建する枠組み自体は観測報道の内容と概ね合致していたと言えます。
豊田自動織機のディスカウントTOBとの比較と日本調剤TOBの評価
今年話題となった豊田自動織機(6201)のTOBと比較すると、日本調剤のケースは個人投資家にとってどう評価できるでしょうか。
豊田自動織機の場合、トヨタ自動車などトヨタグループによる買収提案が2023年末~2024年に取り沙汰され、株価は非公開化観測で18,000円台まで急騰していました。しかし蓋を開けてみると、提示されたTOB価格は1株16,300円で、市場価格(約18,300円)を大幅に下回る“逆プレミアム”(ディスカウント)となりました。この発表に市場は失望し、豊田自動織機の株価は発表翌日に一時前日比13%安の15,975円まで急落する波乱となっています。
通常はTOB価格にプレミアムが乗るのが普通で、「ディスカウントTOBは非常に苦い」と市場関係者が指摘する異例の事態でした。実際、このディスカウントTOBにより思惑買いしていた投資家は軒並み損失を被り、著名個人投資家のcis氏やテスタ氏までもが「買い増ししていた豊田織機株で大損した」と明かす事態となりました。
豊田織機のケースでは、親会社サイド(トヨタ)による支配下企業の少数株主排除という色彩が強く、「トヨタグループのための取引であって豊田織機の株主のためではない」といった厳しい批判も出ています。これは少数株主の利益より支配株主の論理が優先された一例として、市場で大きな議論を呼びました。
これと比較すると、日本調剤のTOBは一応はプレミアムが付いたMBO(マネジメント・バイアウト)の形であり、少数株主(一般投資家)にとっては豊田織機ほどの不利益は生じないと評価できます。
買付価格3,927円は観測報道前の水準(3,000円台前半)から見れば十分高く、もともと保有していた株主にとっては割安な水準で強引に買い叩かれるような印象は薄いでしょう。一方で、事前の期待ほど高いプレミアムではなかったため、観測報道を受けて直前に飛び乗った投資家にとっては利益が限定的となりました(短期妙味は乏しかったとも言えます)。
しかし少なくとも豊田自動織機のように観測段階で買い進んだ投資家がいきなり含み損を抱えるディスカウントTOBではなく、公正さという点では比較的良好な水準だったと考えられます。
経営陣もTOBに賛同し推奨していることから、少数株主を無視した強引な非公開化ではなく協調的なMBOである点も、個人投資家にとって安心材料です。総じて、日本調剤TOBはプレミアム水準こそ控えめでしたが市場の信頼を大きく損ねるような極端なディスカウント事例ではなく、比較的穏当な条件だったと言えるでしょう。
個人投資家視点での教訓・注意点
今回の日本調剤TOBや豊田自動織機TOBのケースから、個人投資家が学ぶべき教訓を整理すると以下の通りです。
観測報道に飛び乗るリスク
M&AやTOBの観測報道が出ると株価は急騰しがちですが、その時点でかなりの期待値が織り込まれてしまうケースがあります。高値で掴むと、実際のTOB価格が期待外れだった場合に損失を被るリスクが高まります。
豊田自動織機では「TOB価格にはプレミアムが付くはず」という前提で多くの個人が買い向かい、結果的に逆プレミアムで大損する事態となりました。観測段階での思惑買いは慎重にすべきです。
プレミアム水準はケースバイケース
買収プレミアムは通常30%前後と言われますが、必ずしもその通りになるとは限りません。
特に親子上場の解消案件や支配株主主導のMBOでは、プレミアムが抑制されたりディスカウントになる例もあります(支配株主が既に大株主であるほど、その傾向があります)。
日本調剤のように事前に株価が上がっていた場合も、実質的な上乗せ幅は小さくなり得ます。観測報道で株価が上昇していたら、その分プレミアム低下を織り込んで判断する姿勢が重要です。
今回の日本調剤のケースは、極端な不公平感こそなかったものの、「プレミアム=必ず大きな利益」とは限らないことを投資家に改めて示しました。今後もTOB観測が出る場面では、安易な思惑買いを避け、発表内容を冷静に見極めて行動する慎重さが求められるでしょう。
また、企業側のガバナンス姿勢によって少数株主の待遇が変わり得ることも念頭に置き、必要に応じて議決権行使や意見表明を通じて声を上げていくことも個人投資家の権利と言えます。今回得られた教訓を活かし、より公正で開かれた市場取引が行われることが期待されます。