【TOB事例】ドコモ・CARTA・電通アライアンス/広告技術の未来を形作る画期的TOB概要と「データ×技術」垂直統合TOB候補2選
2025.06.17投稿

2025年6月16日、株式会社NTTドコモ(以下「ドコモ」)は、株式会社CARTA HOLDINGS(以下「CARTA」)に対する株式公開買付け(TOB)の開始予定を発表しました 。これは単なる企業買収ではなく、日本の通信、データ、そしてデジタルマーケティングという3つの巨大産業が交差する点において、極めて戦略的な再編を意味するものといえます。
当事者は、国内最大級の顧客データを保有する通信の巨人・ドコモ、広告技術(アドテクノロジー)とマーケティングソリューションを専門とするCARTA、そしてCARTAの親会社であり広告業界の既存勢力である株式会社電通グループ(以下「電通グループ」)の3社になります。
サードパーティCookieの廃止というデジタル広告市場の構造的変化に対する計算された対応であり、同時に、データを核とした新たなマーケティング・パワーハウスを構築しようとする大胆な試みであるといえます。当記事では、この複雑な取引の構造、各社の戦略的意図、財務的背景、そして将来的な影響について、公開情報をもとに解説します。
サマリー
新たなマーケティング・パワーハウスの誕生
NTTドコモによるCARTA HOLDINGSへの戦略的TOB(株式公開買付け)の分析。日本のデジタル広告業界を再編する画期的な取引。
取引の概要
TOB価格
¥2,100
1株あたり
プレミアム
36.63%
2025年6月13日終値に対する
取得総額(推定)
~¥249億
少数株主分
結果
非公開化
CARTAは上場廃止へ
戦略的アライアンス:データとテクノロジーの融合
本取引は、サードパーティCookie時代の終焉への直接的な回答です。ドコモの巨大なファーストパーティデータとCARTAの高度な広告技術を垂直統合し、プライバシーに準拠した「トータルマーケティングソリューション」を構築します。
NTTドコモ
約1億人の「dポイントクラブ」会員が提供する、同意に基づく豊富なファーストパーティデータ(属性、位置情報、購買履歴など)。
CARTA HOLDINGS
広告プラットフォーム、AI駆動のマーケティング実行力、そして広告主や代理店との深い関係における専門知識。
「Single ID Marketing」の拠点
マーケティング戦略の立案から実行、効果検証までを担うエンドツーエンドのプラットフォーム。グローバルプラットフォームに匹敵する国産の強力な選択肢を創出します。
取引の構造
取引の流れ
これは単純な買収ではありません。ドコモの経営権確保、電通の戦略的パートナーシップ、そしてCARTAの上場廃止という、全当事者の目的を達成するために緻密に設計された多段階のプロセスです。
株式公開買付け(TOB)
ドコモが少数株主から全株式を1株2,100円で買い付け。大株主の電通グループ(53.13%保有)は応募しないことに合意。
スクイーズアウトと上場廃止
残存する少数株主はTOB価格で現金化され、CARTAは東京証券取引所から上場廃止となります。
資本再編
CARTAは電通から一部株式を税効率の良い低価格(1,518円)で自己株取得し、株式交換を通じてD2Cを吸収します。
最終的な株主構成
最終的な構成では、ドコモが経営の主導権を握る過半数を取得し、電通グループは重要事項に対する拒否権を持つ戦略的パートナーとして残留します。
公正性と企業価値評価
価格交渉の道のり
最終価格2,100円は最初の提示額ではありませんでした。少数株主の利益を保護するために設置されたCARTAの特別委員会は、ドコモの当初提案から16.7%の増額交渉に成功し、堅牢なガバナンスプロセスを示しました。
価値評価分析
最終価格は、標準的な市場ベースの評価額を大幅に上回り、将来のシナジーを織り込んだDCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー)法の評価レンジ内に快適に収まっています。
新たなパワーバランス
取引後のガバナンスは、株主間契約に定められた、両親会社が新事業体の戦略的方向性について足並みを揃えるための、絶妙なバランスの上に成り立っています。
取締役会の構成(7名)
4
NTTドコモが指名
(代表取締役を含む)
3
電通グループが指名
(主要な少数株主権を保持)
ランドマーク取引の解剖:ディールストラクチャーの分解
本取引は、単純な買収ではなく、3社の特定の目的を達成するために意図的に設計された、法務・財務上の手続きが段階的に連なる複雑なスキームといえます。
第1ステージ:株式公開買付け(TOB)
取引の第一段階は、ドコモによるCARTAの少数株主に対する公開買付けです。
- 公開買付者: 株式会社NTTドコモ(日本電信電話株式会社の子会社) 。
- 対象: CARTAの普通株式および特定の第10回・第11回新株予約権(以下「本新株予約権」)のうち、少数株主が保有するもの 。
- 除外対象: 本TOBは、CARTAが保有する自己株式、そして決定的に重要な点として、親会社である電通グループが保有する全株式(所有割合53.13%)を明確に除外しています。この電通グループの不応募合意(「本不応募合意株式」)が、本取引のユニークな構造の根幹をなしています。
- 主要な条件:
- 買付価格: 普通株式1株につき2,100円、本新株予約権1個につき40,800円 。
- 公開買付期間: 日本、中国、韓国における競争法上の手続き完了を前提として、2025年8月下旬の開始を予定 。
- 買付予定数の下限: 3,425,400株(所有割合13.54%)と設定されている。これは、TOB成立後にドコモと電通グループが合計で議決権の3分の2以上を確保し、後述するスクイーズアウト(少数株主の強制退出)を確実に実行するために必要な水準である 。一方で、少数株主が保有する株式の全てを取得することが目的であるため、買付予定数の上限は設定されていない 。
第2ステージ:残存少数株主のスクイーズアウト
TOBによって少数株主の株式を100%取得できなかった場合、CARTAは上場廃止を目的としたスクイーズアウト手続きに移行します。
- 手法: 会社法第180条に基づき、株式併合(リバース・ストック・スプリット)を実施 。
- プロセス: 併合比率は、残存する少数株主の保有株式がすべて1株未満の端数となるように設定。会社法の規定に従い、この端数株式は裁判所の許可を得て市場価格で売却され、その対価として株主に金銭が交付 。
- 対価の公平性: この際に交付される金銭は、TOB価格である1株あたり2,100円を基準に算定される予定であり、TOBに応募した株主とスクイーズアウトされる株主との間で経済的価値の公平性が担保される設計となっているます。この手続きを経て、CARTAは東京証券取引所プライム市場から上場廃止となる見込み 。
第3ステージ:戦略的資本再編
少数株主の退出後、取引は最終的な資本構成と事業体制を構築するための段階に入る。
- 自己株式取得: スクイーズアウト完了後、CARTAは電通グループが保有する株式の一部を対象とした自己株式取得を実施。この際の取得価格は1株あたり1,518円と、TOB価格より低く設定されています。これは、法人税法上の「みなし配当の益金不算入規定」の適用を考慮したものであり、この価格で売却した場合の電通グループの税引後手取額が、仮にTOB価格で応募した場合の手取額と実質的に同等になるよう設計された、税効率を最適化するための高度な財務手法です 。
- 株式交換: 自己株式取得後、CARTAを株式交換完全親会社、ドコモと電通グループの既存合弁会社である株式会社D2C(以下「D2C」)を株式交換完全子会社とする株式交換を実施。これにより、D2Cの事業と資産は新たなCARTAの傘下に統合されます。
最終的な所有構造
これら一連の複雑な手続きが完了した後の、非公開化された新生CARTAの株主構成は以下の通りとなる。
- NTTドコモ: 51%以上3分の2未満(51%≤x<2/3)の支配株主となる。
- 電通グループ: 3分の1超49%以下(1/3<y≤49%)の戦略的少数株主として残る。
- D2C: CARTAの100%子会社となる 。
項目 | 内容 |
公開買付者 | 株式会社NTTドコモ |
対象会社 | 株式会社CARTA HOLDINGS |
TOB価格 | 普通株式:1株につき2,100円 新株予約権:1個につき40,800円 |
プレミアム | 36.63%(2025年6月13日終値1,537円に対して) |
買付代金(予定) | 約249億円 |
公開買付期間 | 2025年8月下旬から原則20営業日(予定) |
買付予定数の下限 | 3,425,400株(所有割合13.54%) |
最終所有構造 | ドコモ:51%以上3分の2未満 電通グループ:3分の1超49%以下 |
上場 | 廃止予定 |
FA・法律事務所 | ドコモ側:みずほ証券、TMI総合法律事務所 CARTA側:大和証券、島田法律事務所 |
この一見して複雑な取引構造は、各当事者の異なる目的を同時に満たすための、極めて洗練された意図的な設計となっています。
ドコモは、後述する「Single ID Marketing」戦略の推進に不可欠な「連結子会社化」による経営上の支配権を求めています。一方で、親会社である電通グループは、単に株式を売却して利益を得ることを望んでいません。CARTAの広告技術とドコモの膨大なデータを組み合わせることで生まれる将来の価値を認識しており、完全な退出ではなく、影響力を保持できる戦略的パートナーとしての地位を確保することを目指しています 。
戦略的必然性:ドコモとCARTAが手を組む理由
本取引の背景には、単なる事業拡大意欲を超えた、市場環境の変化に対応するための戦略的必然性が存在する。
ドコモの通信事業を超えた探求:「Single ID Marketing」構想
ドコモが直面しているのは、成熟し競争が激化する国内の携帯電話市場です。
今後の成長は、通信以外の「スマートライフ事業」から生み出さなければならず、その中で、ドコモが保有する最も価値ある未開拓資産が、約1億人に上るdポイントクラブ会員から得られる、同意に基づいた高品質なファーストパーティデータです 。これは、世界的なサードパーティCookie廃止の流れに対する直接的な回答でもあります。
ドコモの核となる戦略構想が「Single ID Marketing」です。これは、同意を得た単一のIDに基づき、オンラインとオフラインを横断するユーザーの行動(デモグラフィック、位置情報、購買履歴など)を一元的に把握し、マーケティング戦略の立案から広告施策の実行、効果検証までを一気通貫で支援するソリューションを指します 。
しかし、ドコモは自社が運営するメディア(docomo Ad Network, dmenu等)以外でこの膨大なデータを最大限に活用するための高度な広告技術プラットフォームや運用能力に欠けていたため、CARTAは、まさにこの欠けていたピースを提供する存在なのである。
CARTAの変動する広告技術市場における先見的行動
一方、CARTAもまた、業界の大きな逆風に直面しています。サードパーティCookieの利用制限、GoogleやMetaといったグローバルプラットフォームの寡占化、そして強化されるプライバシー保護規制です 。従来の広告技術に依存したビジネスモデルは、変革を迫られており、この新しい環境で成功を収める鍵は、大規模かつ高品質なファーストパーティデータへのアクセスでした。
本提携は、CARTAにとって、日本で最もリッチなデータプールの一つに直接アクセスする機会をもたらすといえます。これにより、Cookieに依存しない次世代のマーケティングソリューションを開発し、自社の事業を未来に適応させることが可能となります 。
電通の役割:親会社から戦略的パートナーへ
電通グループにとって、本取引はCARTAへの投資を質的に転換させるものです。単なる子会社の親会社という立場から、はるかに大きく強力なエコシステムの主要なパートナーへと変貌させ、CARTAの能力とドコモのデータを組み合わせることで生まれる価値創造に参加できることになります。
これは、単独では決して実現できない機会であり、この取引構造は、電通グループが新生CARTAのガバナンスと戦略において重要な役割を維持し、長期的な利益を確保することを可能にします。
本取引は、サードパーティCookie時代の終焉に対する典型的な戦略的対応と言えます。
デジタル広告業界は、プライバシー保護の高まりを背景に、サードパーティCookieという共通基盤を失いつつあります 。この新しい世界における最も価値ある通貨は、同意に基づいた大規模なファーストパーティデータであり、通信キャリアや大手小売業者は、この新しい時代のデータ王となりました。
ドコモはまさにデータの宝庫を保有しています 。ドコモは「石油」(データ)を持っていても、「製油所」(広告技術と市場アクセス)が不足していることに気き、一方、CARTAは「製油所」を持っていても、「石油」の供給に将来的な不安を抱えていました。
本取引は、このデータサプライチェーンの垂直統合に他ならず、日本の広告主にとって、GoogleやMetaのグローバルなウォールド・ガーデンに対抗しうる、プライバシーに準拠した新たな大規模マーケティングプラットフォームという選択肢が生まれます。これは単なる合併ではなく、市場の新たな柱の建設といえるでしょう。
パートナーシップの対価:バリュエーションと交渉分析
交渉のタイムライン:複数回にわたる価格折衝
公開された情報によれば、TOB価格は複数回の交渉を経て決定されています。
- 2025年5月15日: ドコモが最初の提案として1株1,800円を提示。
- 2025年5月16日: CARTAは、企業価値を適切に反映しておらず、プレミアム水準も不十分であるとしてこれを拒否。
- 2025年5月19日: ドコモは価格を1,870円に引き上げ。
- 2025年5月20日: CARTAは再度これを拒否。
- 2025年5月22日: ドコモはさらに1,930円に引き上げ。
- 2025年5月23日: CARTAは三度これを拒否。
- 2025年5月27日: ドコモは1,980円を提示するも、CARTAはさらなる引き上げを要請。
- 2025年5月29日: ドコモが最終提案として2,100円を提示し、CARTAは5月30日にこれを受諾。
プレミアムの評価
最終的な買付価格2,100円は、本TOB発表前の最終営業日である2025年6月13日のCARTA株式の終値1,537円に対し、36.63%のプレミアムを付加した水準です 。公開資料では、このプレミアム水準は、類似の非公開化案件の中央値と比較して若干下回るものの、不合理とは言えない妥当な範囲内にあると説明されています。
第三者算定機関による価値評価
本取引の価格交渉の妥当性を評価するため、両社は独立した第三者算定機関から株式価値算定書を取得しています。
算定手法 | みずほ証券(ドコモ側FA)の算定レンジ | 大和証券(CARTA側FA)の算定レンジ |
市場株価法 | 1,465円 ~ 1,545円 | 1,465円 ~ 1,545円 |
類似会社比較法 | 1,685円 ~ 1,756円 | 1,181円 ~ 1,678円 |
DCF法 | 1,797円 ~ 2,405円 | 1,849円 ~ 2,382円 |
最終TOB価格 | 2,100円 | 2,100円 |
電通グループ向け自己株式取得価格(1,518円)の論理
前述の通り、電通グループからの一部株式取得は、TOB価格より低い1,518円で行われます 。これは、税務上の配慮に基づくものであり、少数株主との不公平な取引を意図したものではありません。この価格設定は、電通グループにとって税制上有利な自己株式取得という形式をとることで、税引後の手取額がTOB価格での売却と実質的に同等になるよう計算された結果になります。
ガバナンスの焦点:複雑な取引における公正性の確保
本取引は、その複雑さゆえに、少数株主の利益を保護するための厳格なガバナンス措置が講じられました。
特別委員会の中心的役割
CARTAは、本取引の検討にあたり、独立した社外取締役から構成される特別委員会を設置しています 。この委員会の責務は、取引の目的、手続きの公正性、そして対価の妥当性を、少数株主の視点から厳しく評価することであり、委員会は、複数回にわたる審議を経て、本取引が少数株主にとって不利益なものではなく、妥当であると結論付けた答申書(「本答申書」)を取締役会に提出し、取締役会による承認を推奨しました。
独立したアドバイザーの起用
ドコモとCARTAはそれぞれ、独立したファイナンシャル・アドバイザー(ドコモ側はみずほ証券、CARTA側は大和証券)およびリーガル・アドバイザー(同TMI総合法律事務所、島田法律事務所)を起用しました。これにより、第三者の客観的な視点からの分析と、アームズ・レングス(対等な当事者間)での交渉が担保されています。
利益相反の管理
本取引に関するCARTAの取締役会での審議および決議においては、電通グループ出身の取締役および監査役は、利益相反の疑いを回避するために手続きから完全に除外されて行われており、意思決定の客観性が確保されています。
「マジョリティ・オブ・マイノリティ(MoM)」条件について
本TOBでは、一般的に少数株主保護に資するとされる「マジョリティ・オブ・マイノリティ」(応募株式数が少数株主の過半数に達することを成立条件とするもの)は設定されていません。
公開買付者であるドコモは、その理由として、電通グループという不応募の大株主が存在する本取引の特殊な構造下では、MoM条件が逆にTOBの成立を不安定にし、応募を希望する少数株主の利益を損なう可能性があると説明しています。その上で、特別委員会の設置や独立したアドバイザーの起用といった他の公正性担保措置が十分に講じられているため、少数株主の利益は確保されていると主張しています。
経営陣による応募合意
ドコモは、CARTAの宇佐美進典CEOと永岡英則CFOとの間で、両氏が保有する株式(合計で所有割合8.86%)を本TOBに応募する旨の契約を締結しています 。これは、経営陣が本取引の価値を認め、その成立を支持していることの強いシグナルとなり、TOBの成功確度を高める一因といえます。
今後の道のり:統合、課題、そして市場へのインパクト
本取引の完了は、ゴールではなく新たなスタートとえいます。新生CARTAが直面するであろう今後の展望と課題を分析します。
新生CARTA:独自のガバナンスモデル
取引完了後、CARTAは非上場会社となり、ドコモと電通グループという二つの強力な株主の影響下で運営されるユニークなガバナンス体制へと移行します。取締役会は7名で構成され、ドコモが代表取締役を含む4名を、電通グループが3名をそれぞれ指名する 。
この体制は、日常の業務執行においてはドコモが主導権を握る一方で、株主間契約に基づき、重要な戦略的意思決定には電通グループの同意が必要となる、繊細なパワーバランスの上に成り立つこととなります。
統合の課題と実行リスク
- 企業文化の融合: 元上場企業であるCARTA、通信大手の事業部門から派生したD2C、そしてドコモと電通グループという二つの異なる文化を持つ親会社の影響下で、一体感のある組織文化を醸成することは、経営陣にとって大きな挑戦となるといえます。
- 技術的統合: ドコモの巨大なデータ基盤とCARTAの広告技術プラットフォームをシームレスに連携させる作業は、技術的に複雑かつ多大なリソースを要します。
- 中立性の維持: CARTAは現在、ドコモの競合他社を含む幅広いクライアントにサービスを提供しています。新生CARTAは、これらの既存取引先との関係を慎重に管理し、市場全体から信頼される中立的なパートナーとしての地位を維持する必要がありますが、この点について、公開資料では既存取引への影響は軽微であるとの見解が示されています 。
競争環境の再編
新生CARTAの誕生は、日本のデジタル広告市場の競争地図を大きく塗り替える可能性がある。
- 国内の他の主要な広告・マーケティング企業にとって、強力な競合相手が出現することになる
- Google、Meta、Amazon Adsといったグローバルプラットフォームに対し、国産の強力な代替選択肢を提供することになる
- 本件を契機として、他のプレイヤーも規模の拡大や独自のデータソース確保を急ぎ、日本の広告技術業界におけるさらなる合従連衡が加速する可能性がある
本事業の長期的な成功は、技術そのものよりも、NTTドコモと電通グループ間の複雑なガバナンス関係をいかに巧みに運営できるかにかかっているといえるでしょう。
株主間契約は、ドコモの支配権と電通グループの拒否権という、絶妙な力の均衡を生み出していまが、通信会社と広告会社の戦略的優先順位は必ずしも一致しません。投資規模、戦略の方向性、リスク許容度、あるいは一方の親会社の競合となるクライアントの扱いなどを巡って、意見の対立が生じる可能性は否定できず、株主間契約に、膠着状態(デッドロック)に陥った場合のコール/プットオプション条項が含まれていること自体が 、深刻な意見対立の可能性を当事者が認識している証左です。
最終的な成功は、共同で設置される運営委員会がどれだけ有効に機能し、経営陣が二つの強力な親会社の利益を調整しつつ、新生CARTA自身の成長を最優先する一貫した戦略を構築・実行できるかにかかっているといえ、この政治的・統治的な課題は、技術的な統合リスクよりも大きな実行リスクと言えるかもしれません。
当TOBから予想される「垂直統合型TOB」候補銘柄2選
最後に、ドコモによるCARTA HOLDINGSのTOBの分析記事で触れた戦略的背景、すなわち「豊富なファーストパーティデータを持つ異業種大手」と「そのデータを活用・収益化する技術を持つテクノロジー企業」の垂直統合という観点から、今後同様のTOBの候補となりうる可能性を秘めた企業を2社ほど考察したいと思います。
ドコモとCARTAの事例は、「ポストCookie時代」におけるデータ価値の再定義を象徴しています。この流れを汲むと、次に動くのは他の通信キャリア、巨大リテール(小売)企業、あるいは大手プラットフォーマーであると考えるのが自然です。
株式会社フリークアウト・ホールディングス (証券コード: 6094)
- 想定される買収元候補: KDDI株式会社
- 戦略的背景と根拠: ドコモがCARTAを連結子会社化し「トータルマーケティングソリューション」の構築を急ぐ以上、競合であるKDDIが同様の動きを加速させるのは必然的な流れと考えられます。KDDIもまた、auの通信契約者、au PAYの決済データ、auスマートパスの利用動向など、膨大かつ質の高いファーストパーティデータを保有しています。 フリークアウト・ホールディングスは、国内有数のDSP(広告主向け広告配信プラットフォーム)を自社開発する、技術力に定評のあるアドテクノロジー企業です。同社を買収することにより、KDDIは自社のデータ資産を収益化するための強力な「エンジン」を即座に手に入れることができます。これは、ドコモ/CARTA連合に対抗しうる「KDDI版マーケティング・クラウド」を構築するための、最も直接的かつ効果的な一手となりえます。
株式会社pluszero (プラスゼロ) (証券コード: 5132)
- 想定される買収元候補: イオン株式会社 または セブン&アイ・ホールディングス
- 戦略的背景と根拠: 「リテールメディア」は、ポストCookie時代のマーケティングにおける最大の成長分野の一つです。イオン(WAONポイント、グループ店舗の購買データ)やセブン&アイ(nanacoポイント、コンビニ・スーパーの購買データ)は、消費者の「何を買ったか」という最も価値のあるSKU(最小管理単位)レベルの購買データを保有しています。 pluszeroは、AI(特に自然言語処理)とITを駆使して企業のDXを支援する企業です。特に注目すべきは、顧客のインサイトを抽出・分析する能力です。リテール企業がpluszeroのようなAI技術に強い企業を買収することで、自社の膨大な購買データと顧客の潜在ニーズ(VOC:顧客の声など)を掛け合わせ、極めて精度の高いターゲティング広告や販促活動を展開する「リテールメディア・プラットフォーム」を高度化できます。これは、自社店舗に出品するメーカー(CPG)に対して、広告から購買までを一気通貫で分析できるという、非常に強力な価値を提供することに繋がります。
参考:電通関連のTOB候補銘柄
また、今回の事例で登場した電通グループに関するTOB候補銘柄としては、以下の記事にあげたセプテーニホールディングスもウォッチしておきたいところです。
配当利回りも高いこともあり、TOBを待ちつつ、配当や事業価値向上も意識していける銘柄だと思います。