【TOB事例】ヒューリックによるカナディアン・ソーラー・インフラ投資法人へのTOBの概要・背景と投資法人TOB候補の考察
2025.07.03投稿

不動産大手ヒューリック株式会社によるカナディアン・ソーラー・インフラ投資法人への公開買付け(TOB)が2025年6月30日に公表されました。
カナディアン・ソーラー・インフラ投資法人(以下、CSIF)は主に太陽光発電所に投資するインフラファンドです(インフラファンド:再生可能エネルギー発電設備などインフラ資産に投資し、売電収入を原資に分配を行う上場投資法人)。
2025年6月末に発表された本TOBは、インフラファンド市場では珍しい動きとして注目を集めておりますが、本記事では、TOBの基本概要からヒューリックの戦略、インフラファンドへのTOBの特殊性、両社の協業の可能性、そして投資家にとっての意義と今後の注目点まで順を追って解説します。
TOBの基本概要
2025年6月30日、ヒューリック株式会社はCSIFに対し1口あたり86,710円でTOB(公開買付け)を行うと発表しました。この買付価格は発表直前の市場価格に対して約15%のプレミアム(上乗せ幅)となっています。
TOBの目的は全ての投資口の取得ではなく、発行済み投資口の20.00%(85,885口)を取得することにあります。
買付予定数には上限・下限が設定されており、20%に当たる85,885口に満たない応募しか集まらなければ買付けは不成立(不発)となり、逆に応募が上限を超えた場合は按分比例(応募者への比例配分)でちょうど85,885口を買付ける形になります。
このTOBは上場廃止を目的としない点が大きな特徴で、CSIFは買付け成立後も東京証券取引所インフラファンド市場に上場維持される方針です。なお、TOBの公開買付期間は2025年7月1日から8月13日まで(30営業日間)と発表されました。期間を法定最短(20営業日)より長めに設定することで、投資主が応募判断するための十分な時間を確保する狙いがあります。
ヒューリックの事業戦略とTOBの狙い
ヒューリックが今回CSIFにTOBを仕掛けた背景には、大きく2つの狙いがあると考えられます。
市場価格の割安さ
1つ目は市場価格の割安さです。CSIFの投資口価格は近年低調で、発表前は1口約75,000円前後で推移していました。一方で公表されている1口当たり純資産価値(NAV)は10万円を超えており、市場価格は実に20~30%も基準価値を下回るディスカウント状態でした。
さらにインフラファンド市場全体も2024年初から低迷し、高分配利回り(7~8%超)の銘柄がゴロゴロ出る状況で、明らかな割安感が生じていたのです。ヒューリックはこのような本質価値に比べて割安な市場に着目し、プレミアムを付けてでも有望な資産を取得する好機と判断しました。
再エネ事業戦略との相乗効果
2つ目は自社の再エネ事業戦略との相乗効果です。ヒューリックは不動産業を主力としつつ、近年は再生可能エネルギー分野を成長の柱の一つに位置付けています。
同社グループは太陽光発電設備を全国で開発・運営し、自社の事業活動に必要な電力を100%再生エネルギーで賄う「RE100」を既に達成するなど、積極的に再エネ事業を展開しています。特に系統用蓄電池(電力系統の需給バランスを取るための大容量蓄電池)への大型投資計画を打ち出しており、2025年には今後10年間で1,000億円を投資する方針を発表しました。
こうした中、CSIFは国内有数の太陽光特化型インフラファンドであり、ヒューリックにとって再エネ事業とのシナジー(相乗効果)を得る格好の足がかりになります。市場で割安放置されていた良質な太陽光発電資産を取得しつつ、自社の蓄電池投資や再エネ戦略と組み合わせて事業拡大を図りたい狙いがあるのです。
なお、ヒューリックは今回の買付け目的を「純投資」(財務投資)的な位置付けであると説明しています。議決権を通じてCSIFを支配する意図はなく、経営への介入(役員派遣や運用方針の変更)は行わないことを明言しています。言い換えれば、ヒューリックとしては安定収益資産としてCSIFを部分取得する一方、あくまで従来の運用を維持させつつ自社の事業と協調させる戦略といえます。
インフラファンドへのTOBはなぜ珍しいのか?
今回のように上場インフラファンド(とりわけ再エネ特化型ファンド)がTOBの対象となるケースは、これまで極めて稀でした。
過去の事例を振り返ると、2022年にインフラファンド市場で2件のTOBが実施されていますが、これらはいずれもスポンサー企業(設立母体)によるMBO型のTOBで、発行済み口数の3分の2以上を買い集めて上場廃止に至ったケースでした。
例えばタカラレーベン・インフラ投資法人は親会社によるTOBで非上場化が決定し、市場創設以来初の上場廃止となりました。また日本再生可能エネルギーインフラ投資法人も2022年にメインスポンサーのリニューアブル・ジャパン社によるTOBが成立し、上場廃止の道を辿っています。
このように、インフラファンドへのTOBは従来「スポンサーによる買い戻し(MBO)」が中心であり、しかも上場市場自体から退出するケースが多かったのです。背景には、インフラファンドの制度上の制約(税制面のハンディなど)や市場規模の小ささによる流動性不足、さらには再エネ事業特有のリスク(出力制御やFIT期限問題)への不安感から、スポンサー側が上場維持に見切りをつけた事情がありました。実際、インフラファンド市場は2022年に7銘柄から5銘柄へと縮小し、市場そのものの存続を懸念する声も出ていたほどです。
こうした中で今回ヒューリックという第三者(スポンサー以外)の企業が、インフラファンドに対して上場維持のまま部分TOBを行うのは極めて異例と言えます。市場に割安に放置されたインフラファンドに対し、外部の有力企業が「高く評価して資本参加する」という動きは、インフラファンド市場にとっても大きな転機となる可能性があります。これは裏を返せば、長期目線で安定収益を狙う投資家にとって、インフラファンドの見直し・再評価が始まる契機とも言えるでしょう。
カナディアン・ソーラーとヒューリックの協業可能性
ヒューリックとCSIF(およびそのスポンサーであるカナディアン・ソーラーグループ)との間には、再エネ分野で多くの協業余地が考えられます。
ヒューリックはTOB成立を条件に、CSIFおよび資産運用会社と「サポート契約」を、スポンサー企業とは「投資主間契約」を締結しました。これらの契約により、ヒューリックはCSIFの安定運用や分配金向上のためのサポートを約束すると同時に、太陽光発電設備や系統用蓄電池事業での協業を進める枠組みが整えられています。
具体的な協業の一つとして注目されるのが「蓄電池+太陽光発電」の連携です。
ヒューリックは前述のとおり巨額の蓄電池投資計画を進めており、再エネ発電所と蓄電池の開発・管理を担う子会社「ヒューリックエナジーソリューション株式会社(HES)」を2025年に発足させています。HESにはヒューリックグループ内の小売電気事業(電力販売事業)も集約されており、自社で発電した再エネ電力を売買・活用するノウハウも蓄積されています。
一方、CSIFのスポンサーであるカナディアン・ソーラーも国内外で太陽光発電所や蓄電池プロジェクトの開発に関与しており、再エネ分野の知見が豊富です。
期待されるシナジー
この両者が組むことで、例えば以下のようなシナジーが期待できます。
- 新規案件パイプラインの共有:カナディアン・ソーラーが開発する太陽光発電所や蓄電池プロジェクトへの投資機会を、ヒューリックが優先的に紹介される可能性があります。CSIFにとっては将来の投資物件の拡充(物件取得力の向上)に繋がり、ヒューリックにとっては自社単独では手が届かない大型案件への参画チャンスとなります。
- 発電×蓄電による収益安定化:太陽光発電は天候に左右されるため出力変動がありますが、蓄電池を併用することで発電した電力を貯めて必要な時に放出し、調整力(需給バランスを取る力)を発揮できます。将来的にCSIFが蓄電池をインフラ資産として組み入れることができれば、新たな収益源の獲得と分配金の安定・向上が期待できます。ヒューリックが本気で蓄電池事業に踏み込んでいることはCSIFにとって心強い後ろ盾となるでしょう。
- 電力販売・直接取引の可能性:ヒューリックが持つ電力小売事業のノウハウを活用し、CSIFの発電する再エネ電力を市場のFIT(固定価格買取制度)任せにせず、企業への直接販売(PPA契約)や自社グループ物件への供給に活用する道も考えられます。これにより、発電した電気をより高付加価値で売却できれば、中長期的に投資主価値の向上につながるでしょう。再エネ由来の電力はカーボンニュートラルを目指す需要家にとって魅力的なため、両社協業による電力ビジネスの拡大も視野に入ります。(※現状ではCSIFの保有資産はFIT契約の太陽光発電所が中心ですが、将来的な契約切れ後の対応などで選択肢が広がる可能性があります。)
以上のように、ヒューリックとCSIF(およびスポンサー企業)の協業は、単なる資本参加に留まらず再生可能エネルギー事業全般でのパートナーシップへ発展し得るものです。ヒューリック自身、「今回のTOBを契機とした協業を通じて再エネ発電事業および蓄電池事業の収益事業化を促進し、より早期のカーボンニュートラル達成を目指したい」と述べています。CSIFにとっても、強力なバックボーンを得て次の成長ステージ(蓄電池など新アセットへの展開)に踏み出す好機と言えるでしょう。
投資家にとっての意義と今後の注目点
最後に、今回のTOBがCSIFの投資主(個人投資家を含む)にとって何を意味するのか、押さえておくべきポイントをまとめます。
投資口売却の選択肢と安定分配の継続
CSIFの投資主は、TOBに応募して1口86,710円で売却するか、応募せず引き続き保有を続けるかを選択できます。投資法人の役員会は本TOBに賛同する一方、提示価格の妥当性については「意見を留保(どちらとも言えない)」とし、応募するか否かは各投資主の判断に委ねる中立的な姿勢を取りました。
ヒューリックが支配権を握らず上場維持されるため、応募しない場合でも投資口をそのまま保有し、今後も分配金を受け取り続けることが十分合理的と判断されています。実際、CSIFの分配金は半期あたり約3,500円前後と安定した実績があり、TOB成立後も運用方針が大きく変わらない限りこの安定インカムが損なわれることはありません。長期的に高い利回りを享受したい投資家にとっては、引き続き保有継続も有力な選択肢です。
プレミアム提示が示す市場見直しの兆し
ヒューリックが約15%ものプレミアムを付けてTOBを仕掛けた事実は、現在の市場価格がCSIFの本源的価値を大きく下回っていた何よりの証明と言えます。この動きによって、市場におけるインフラファンド全体の評価見直し(リ評価)が進む可能性も指摘されています。
実際、TOB発表直後にはCSIF投資口の市場価格も急騰し(発表当日夜のPTS取引では85,120円前後まで上昇)、市場参加者がこのプレミアムの裏付けを意識した様子が伺えます。今後ヒューリックの参加により運用安定性が高まったり協業による成長期待が具体化すれば、CSIFだけでなく他のインフラファンドの価格見直しにつながる可能性もあり、市場全体の動向に注目です。
協業シナジーによる成長機会と将来性
ヒューリックとCSIF・スポンサーとの連携強化により、間接的な成長余地が広がる点も投資家にとって魅力的なポイントです。特に前述した蓄電池事業との協業が実現すれば、CSIFがこれまで投資できなかった新たなインフラ資産へのアクセス機会が生まれます。蓄電池がインフラファンドの投資対象に加われば、太陽光発電に次ぐ「第二の柱」ができ、将来の分配金源泉の多様化につながるでしょう。
また、ヒューリックのサポートによってスポンサーからの物件紹介や運営面でのバックアップが期待できれば、資産規模拡大や分配金のさらなる向上も現実味を帯びてきます。このように、今回のTOBはインフラファンドに成長性という視点をもたらした点でも意義深いものがあります。
以上のポイントを踏まえると、本TOBは短期的な売却益だけでなく、長期的な価値向上のきっかけとして捉えることができます。ヒューリック側も「今回の買付けは単なる投資先取得ではなく、再エネファンドの価値を見直すべきだという市場へのメッセージでもある」と述べています。高利回りで安定収益、社会的意義も大きいインフラファンドは、これまで市場の片隅に置かれがちでした。
しかし今回の動きは、その眠れる価値にスポットライトが当たった象徴的な出来事と言えるでしょう。投資家としては、目先の価格だけでなく中長期のポテンシャルにも目を向け、CSIFを含むインフラファンド市場の今後に注目していきたいところです。
今後TOBの可能性がある割安な投資法人
今回のヒューリックによるカナディアン・ソーラー・インフラ投資法人へのTOBにより、これまであまり例のなかった割安な投資法人へのTOBが増えたり、投資法人の価値向上につながる可能性があります。
大きなプレミアムがつくTOBはないかもしれませんが、ポートフォリオの1つとして高配当銘柄として保有しつつ、価値向上や将来的なTOBを気長に待つのも1つの戦略かもしれません。
そこで今回はそのような期待がもてる投資法人を最後に2つご紹介したいと思います。
マリモ地方創生リート投資法人 (3470)
地方の住宅・商業施設を主要投資対象とする総合型REITで、資産規模約524億円と中規模ながら、投資口価格は純資産価値に対し約0.75倍(約25%割安)にとどまっています。
時価総額は約300億円弱と小型で流動性も低く、分配金利回りも約5.7%と高水準です。スポンサーは地場デベロッパーのマリモであり、上位投資主に占める割合も高くないとみられることから、スポンサーの影響力は限定的です。
こうした割安な評価と低い流動性により、外部投資ファンドから目を付けられ、TOBによる買収提案の対象となる可能性があります。
ザイマックス・リート投資法人 (3488)
オフィス・商業施設・ホテルを中心に幅広い用途の不動産に投資する総合型REITです。スポンサーは不動産マネジメント大手のザイマックスですが、自ら物件開発を行うデベロッパーではなく、スポンサー持分比率も高くありません。
投資口価格のNAV倍率は約0.75倍と大幅なディスカウント状態にあり、分配金利回りも約5.6%と高めです。時価総額は約280億円程度と小規模で流動性も低いため、市場で割安に放置されている状況です。
このようにスポンサー色が薄く割安な銘柄であることから、資産入替えや上場廃止を狙ったTOBの候補として注目されます。