【TOB事例】PKSHA Technology、サーキュレーションをTOBで買収 – AI戦略とシナジーの展望
2025.07.07投稿

PKSHAによるTOBの概要と買付条件
AI技術を手掛けるPKSHA Technology(パークシャ)は、2025年7月4日付で、プロ人材マッチング事業を展開する株式会社サーキュレーション(東証グロース・7379)に対する株式公開買付け(TOB)の実施を発表しました。
買付価格は1株あたり901円で、7月7日から8月19日までの約30営業日間が公開買付期間と設定されています。これは発表直前のサーキュレーション株終値672円に約34%のプレミアムを加えた水準であり、新株予約権(ストックオプション)も1個あたり1円で買付けます。
PKSHAは約69億円の資金を調達してTOB資金に充当する計画で、主幹銀行のみずほ銀行から最大70億円の借入枠を確保しています。本TOBの目的はサーキュレーション株式の全数取得と完全子会社化であり、取締役会決議もその方針で承認されています。
今回のTOBに際して、PKSHAはすでにサーキュレーション株式の7.28%(620,600株)を保有しており、さらにサーキュレーションの筆頭株主であるシンプレクス・ホールディングス(保有比率24.63%)および第2位株主のクラウドワークス(23.65%)と、それぞれ保有全株を本TOBに応募する契約を締結済みです。両社から合計約48.3%の株式取得が確約されたことで、PKSHAは発行済み株式の過半数を超える取得の見込みを立てています。
サーキュレーション取締役会も公開買付けに賛同の意見を表明し、一般株主に応募を推奨しています。
PKSHA Technologyの企業戦略とAI活用の方向性
PKSHA Technologyはアルゴリズム開発・ライセンス提供を主力事業とし、チャットボットや音声対話、FAQシステム、RPAソフトなど複数のAIソリューションやAI SaaSプロダクトを展開しています。同社は「AI技術の社会実装」を掲げ、技術進化と労働力不足という社会課題に対応すべく、金融や製造業など全産業に向けてAIを活用した事業・プロダクトを創出することを中長期的な目標としています。
実際、顧客企業の業務効率化やサービス付加価値向上を支援するAIソリューション提供に注力しており、AI技術をより良い形で社会に浸透させるために積極的な事業拡大を図っています。
PKSHAは自社の強みであるAIアルゴリズム開発力と、業界ごとの専門知識を組み合わせる戦略を重視しています。その一環として、人事領域のコンサルティング子会社(株式会社トライアンフ)ではPKSHAのAI技術を活用し、企業の人材戦略立案から実行までワンストップ支援するサービスも展開してきました。
このように「AI × 専門知見」による課題解決型ビジネスへの取り組みは既に始まっており、今回のサーキュレーション買収もその延長線上に位置付けられます。
PKSHA経営陣は、外部の専門人材ネットワークを取り込むことでAI技術と人間の知見を融合した新たな価値提供が可能になると判断しています。サーキュレーションとの資本業務提携開始以来、両社はAIによるデータ分析・自動化技術を活用し、プロ人材マッチングの精度向上や提供価値の最大化を共同で推進してきた経緯があり、完全子会社化によってこうした取り組みを一層加速させる狙いがあります。
AIベンチャーとして成長してきたPKSHAにとって、人的リソース活用ビジネスを自社グループに収めることは、AI適用領域の拡大とサービス提供形態の多様化に資する戦略的な一手と言えるでしょう。
サーキュレーションの事業内容と買収対象となった理由
サーキュレーションは「プロシェアリングコンサルティング」事業を展開する企業で、企業の経営課題を解決するために外部のプロフェッショナル人材をプロジェクト単位でマッチングして活用するサービスを提供しています。
雇用や人材派遣ではなく必要な期間だけ専門性の高いプロ人材を活用できる新しい人材活用モデルであり、経営コンサルティングと人材シェアリングの中間に位置する独自のビジネスモデルです。主に中堅・ベンチャー企業の経営者や大企業の役員層を対象に、適切なプロ人材を選定して経営課題の分析から解決まで一貫支援するサービスを展開しており、プロ人材を活用することで企業内部にノウハウを蓄積しつつ事業成長を促進できる点が特徴です。
同社は2014年設立で、2021年7月に東証マザーズ(現グロース市場)に上場しました。以降、「知のめぐりをよくする。」というコンセプトの下でプロシェアリング事業の拡大を図り、サービスラインナップも新規事業アイデア募集「Open Idea」や事業承継支援など幅広く展開しています。
サーキュレーションには30,000人超の登録プロ人材が在籍しており(2025年4月末時点で30,002名)、業界トップクラスの専門家ネットワークを保有しています。この豊富な人材データベースとマッチングノウハウが、AI技術との組み合わせで大きなシナジーを生む可能性が高いことが、PKSHAによる買収の背景にあります。
実際、サーキュレーションは2024年6月にPKSHAおよびクラウドワークスとの間で資本業務提携を締結し、PKSHAは同社株式の7.39%を取得、クラウドワークスも23~24%を取得するなど、三社連携でプロ人材サービスへのAI活用を模索してきました。こうした提携を経て今回PKSHAが完全買収に踏み切ったのは、より深い統合で生み出せる事業シナジーを最大限取り込むためと考えられます。
サーキュレーションは人材サービス分野で独自の地位を築いていますが、急成長する中で更なるテクノロジー導入や資本力強化が求められており、AI領域に強みを持つPKSHAグループの一員となることで事業拡大の加速が期待できる点も買収対象となった重要な理由でしょう。加えて、本件では他社からの提案(当初提案者)も存在し一時は競争入札の様相を呈したことが明らかになっており、それだけサーキュレーションの事業価値と成長性が市場から評価されていたことがうかがえます。
今回のTOBの特徴:価格プレミアム、買収スキームと主要株主の動向
価格プレミアムの点では、PKSHAの提示した買付価格901円は直近株価に対して大幅な上乗せとなっています。前述の通り発表前日の終値比で約3割強のプレミアムがあり、過去1~3ヶ月の平均株価水準から見てもおおむね35~45%程度高い水準です。
この価格は当初PKSHAが提案していた850円より引き上げられており、買収交渉の過程で他の提案者による880円の提示があったことを受け、PKSHAが最終的に901円へ増額した経緯があります。結果として一般株主にとってはより高い買付価格が実現し、株価プレミアムの点でも十分に納得感のある条件となりました。
これは、サーキュレーションの主要株主であるシンプレクスおよびクラウドワークスが提案価格の妥当性を交渉の中で精査し、競争環境を形成したことが背景にあります。
買収スキームとしては、PKSHAは本TOBでサーキュレーション株式の全株取得を目指しており上限は設定していません。ただしTOB成立の条件として4,824,200株(発行済み株式の約56.59%)を下限に設定しており、この応募下限数に満たない場合は買付け不成立となります。
この閾値は、TOB完了後にPKSHAが議決権ベースで2/3超を確保し、その後の株式併合(スクイーズアウト)による完全子会社化手続きを確実に行うための水準です。現在、PKSHA自身の保有分と応募契約済みのシンプレクス・クラウドワークス分を合わせると発行株式の約55%強に達しており、残る一般株主から一定程度の応募があれば下限を満たす計算になります。
TOBが成立した場合、決済開始日は8月下旬が予定されており、その後PKSHAは速やかに株式併合などの二段階買収手続きを実施して残余株主の株式を金銭交付により取得する方針です。これによりサーキュレーションはPKSHAの完全子会社となり、前述の通り上場廃止となる運びです。
なお、本TOBの公開買付期間は法定最短の20営業日を上回る30営業日に設定されており、これは株主に十分な検討期間を提供すると同時に対抗買収提案の機会も確保するための措置です。事実、契約上主要株主のシンプレクスおよびクラウドワークスにも他者から5%以上高い提案があれば応札義務を解除できる条項が含まれており、本TOBが公正な手続きであることに配慮しています。
主要株主の動向では、筆頭株主シンプレクス(金融ソリューション企業)と第2位株主クラウドワークス(フリーランス人材マッチング企業)の2社がTOBに全面協力する点が特筆されます。
両社は2024年以降サーキュレーションと資本業務提携を結び、それぞれが大株主として事業面でも協業してきました。例えばクラウドワークスとは、同社に登録する多数のフリーランス人材データベースをサーキュレーションのプロシェアリング事業で活用しノウハウ共有を図る提携関係にありました。
今回のTOB成立により両社はサーキュレーション株主からは離れるものの、PKSHAおよびサーキュレーションは提携契約の取り扱いについて今後協議の上で決定する予定としています。つまり、出資関係は解消されても事業上の連携は必要に応じて継続される可能性があります。
シンプレクス・クラウドワークス両社にとっても、保有株の売却による一定のキャピタルゲイン獲得と、自社本業への経営資源集中というメリットがある一方、PKSHA主導によるサーキュレーションとの協業フェーズへ移行することになります。
両社統合による戦略的シナジーと今後の展望
PKSHAとサーキュレーションの統合により、AI技術とプロ人材ネットワークの融合による多様なシナジー創出が期待されています。具体的には、次のような相乗効果が見込まれています。
マッチング精度の向上
サーキュレーションのプロ人材マッチングにPKSHAのAIアルゴリズム(営業支援AIやマッチングAI)を導入することで、クライアント企業のニーズ把握から最適な人材選定までの精度が飛躍的に高まります。
AIが蓄積データを分析し、人と案件の適合度を評価することで、これまで人手に頼っていたマッチングの効率化・高度化が実現します。
人材+AIの総合サービス
PKSHAが抱える企業顧客基盤に対し、サーキュレーションのプロシェアリングサービスを組み合わせて提供することで、新たなビジネス機会の創出が可能になります。
例えば、PKSHAの取引先企業に専門人材チームとAIソリューションをセットで提案し、大規模プロジェクトの受注や取引拡大につなげるといったシナジーです。人間のコンサルタントとAIエージェントを組み合わせることで、「人とソフトウェアの融合による価値提供」という新たなサービスモデルが構築できると期待されています。
プロ人材の能力拡張(AIによる生産性向上)
PKSHAの開発する各種業務支援AIツールをプロ人材に提供することで、コンサルタント一人ひとりの生産性や創造性を拡張できます。
例えば、データ分析AIが調査業務を自動化したり、生成AIが報告書ドラフトを作成支援することで、プロ人材は自らの専門スキル発揮により多くの時間を充てられるようになります。これにより少人数でも大きな付加価値を提供できる体制が整い、クライアント企業への成果も向上するでしょう。
人材獲得力の強化
人材側へのメリットとして、AI技術を活用した学習機会やケイパビリティ獲得支援サービスを提供することで、優秀なプロ人材の登録誘引力を高めることが可能です。
最新AIを使って実践を積めるプラットフォームとしてサーキュレーションを訴求することで、普段フリーランス市場に現れないような高度専門人材も惹きつけられる効果が見込まれます。
以上のようなシナジーを通じ、両社の統合後は「AI×プロ人材」によるハイブリッド型のソリューション企業として新たなステージに進むことになります。PKSHAグループ全体では、人間の専門知見とAIエージェントを組み合わせたサービス提供が可能となり、従来のコンサルティング会社や人材紹介・派遣会社にはないユニークな競争力を発揮できるでしょう。
経営課題の高度化・多様化が進む中、テクノロジーだけでも人間だけでも解決困難な領域が増えていますが、PKSHAとサーキュレーションの協業モデルはそのギャップを埋める新しいソリューションモデルの先駆けとなる可能性があります。今後はPKSHAの研究開発力と資本力のもとでサーキュレーション事業の全国・グローバル展開やサービス高度化が進むと見られ、両社にとってWin-Winの成長シナリオが描かれています。
なお、本取引による明確なディスシナジー(事業のマイナス効果)は特段想定していないと公表されています。統合後もサーキュレーションの現経営陣・サービスブランドを活かしつつ、PKSHA流のアジャイルな技術開発文化を融合していくことで、企業価値の向上を図っていく見込みです。
上場廃止と一般株主への影響・対応
今回のTOB成立後、サーキュレーション株式は速やかに上場廃止となる予定です。一般株主にとっては、公開買付けに応募しない場合でも株式併合(スクイーズアウト)によって強制的に株式を現金化されることになるため、最終的に手元の株式はPKSHAに買い取られる形となります。
株式併合とは、少数株主の持株数を1株未満の端数にして強制的に現金交付する手法で、PKSHAはTOB後に必要な法定手続きを経てこれを実施する方針です。したがって、応募しなかった株主も最終的にはTOBと同等の条件で現金を受け取る見通しですが、TOB終了後は株式市場で売買できなくなる点に注意が必要です。
上場廃止後は株式の流動性が失われ現金化まで時間がかかる可能性があるため、サーキュレーション取締役会も表明している通り、一般株主としては今回のTOB期間中に応募してプレミアム価格での売却機会を確実に捉えることが推奨されます。
総じて、PKSHA Technologyによるサーキュレーションに対するTOBは、AI×プロ人材という新分野でのシナジー追求と、両社の事業発展を目的とした戦略的買収です。買収プレミアムやプロセスの公正性にも配慮された良質なディールと言え、今後の統合効果に市場の期待が集まっています。PKSHAはこの買収を通じ、自社のAI技術を核に据えながら人材サービス分野へ本格参入し、新たな価値創造に挑むことになります。
一方サーキュレーションは、上場企業としての役目を終えPKSHAの傘下でさらなるサービス強化を図ることで、プロシェアリング市場におけるリーディングカンパニーとして次なる成長ステージへ進むことでしょう。今後の両社の動向と統合後の成果に注目が集まります。
TOB予備軍としての「AI×導入力×顧客基盤」を持つ注目銘柄を深掘り
サーキュレーションに続く「AI戦略型TOB」の波
AIアルゴリズムを開発・提供するPKSHAが、プロ人材マッチングを手掛けるサーキュレーションを全株取得のうえ完全子会社化するという今回のTOB案件は、「AI × マッチング × 顧客基盤」というシナジーの典型事例です。
こで今回は、同様の構図で将来的にTOBの可能性が高い銘柄として注目すべき以下2社を、事業領域・顧客基盤・株主構成の観点から分析し、戦略的補完性とTOBスキーム適用の現実性を読み解きます
株式会社CINC|AI × マーケティングデータ × M&Aマッチング
事業内容と強み
CINCは、AIを活用したマーケティングSaaS「Keywordmap」や、「生成AI × M&Aデータ分析」に基づく企業提携支援ツールを展開しています。豊富なSEO・広告領域のデータ蓄積と可視化ノウハウにより、大手広告代理店やコンサルティングファームとも提携関係にあります。
近年ではM&A支援領域に進出し、AIによる企業間スコアリングや提携候補発掘機能を強化。マーケとM&Aの両面で、戦略立案フェーズに介入する高付加価値AI企業へと進化しています。
TOBターゲットとしての魅力
- AI × マッチング事業というPKSHAのサーキュレーション買収と類似構造
- 導入先企業(広告代理店・メーカー)との直接接点を持つ
- データベース型SaaSモデルで、AIアップセル余地が大きい
株主構成とスキーム想定
- 創業者の石松友典氏が約26〜39%
- 関連会社(CZ、平企画など)で過半数近くを占有
→ 大株主の意向次第で過半取得が比較的スムーズ
→ TOB+残余株主からの取得で完全子会社化スキームが可能
ョンの事例同様に、残り大株主と交渉の上で株式併合による上場廃止も視野に
株式会社Laboro.AI|カスタムAI × 製造業・大企業向けコンサル
事業内容と強み
Laboro.AIは、企業ごとに設計する「カスタムAI」に特化。製造・インフラ・広告・小売といった幅広い大企業顧客を持ち、エンタープライズ向けのAIソリューション提供力と導入実績ではトップクラスの地位にあります。
また、顧客の深層業務フローまで理解したうえでAIを組み込むため、表層的なSaaSとは異なる、人的専門知とAIの融合領域を実現しています。これはPKSHAやNTTデータのようなAI中核企業にとって垂涎の統合対象です。
TOBターゲットとしての魅力
- 人材とAIの融合ビジネスモデル
- 顧客とのリテンション率が高くストック収益化が進行中
- 特定業界に依存せずバランス型ポートフォリオ
株主構成とスキーム想定
- 代表の椎橋氏・藤原氏が各24%(合計48%)
- 博報堂グループ:約7~8%
- その他:松藤氏・SCREENグループなどが5%前後
→ 創業者と話がつけばTOBで過半取得の可能性
→ 他株主に広告・IT系が多く、戦略的な買収条件が成立しやすい
まとめ:戦略的TOB候補としての評価
銘柄 | 事業タイプ | 顧客基盤 | 株主構成 |
---|---|---|---|
CINC | AI×マーケ×M&Aマッチング | 広告・製造業など中堅企業 | 創業者+関連会社 |
Laboro.AI | カスタムAI+B2B大企業向け | 製造・広告・インフラ大手 | 創業者+広告大手+IT連携先 |