【TOB事例】宇佐美鉱油によるフジ・コーポレーションTOBの概要と今後TOB候補銘柄

【TOB事例】宇佐美鉱油によるフジ・コーポレーションTOBの概要と今後TOB候補銘柄

TOBの目的と背景

宇佐美鉱油フジ・コーポレーションに対して実施するTOB(株式公開買付け)の最大の目的は、フジ・コーポレーションを完全子会社化(非公開化)し、両社の事業シナジーを最大化することにあります。

宇佐美鉱油は全国に展開するサービスステーション網を持つ石油販売大手ですが、EV普及などで国内燃料需要の先細りが見込まれる中、車検・整備・カー用品販売などカーライフ事業の強化を進めており、その戦略の一環としてタイヤ・ホイール販売大手のフジ・コーポレーションを取り込むことで持続的成長を図ろうとしています。これにより両社が連携し迅速な意思決定が可能となり、経営資源の最適配分によって次のようなシナジー効果が期待されています。

  • 販売網の強化: 宇佐美鉱油の全国規模の店舗ネットワークを活用して、フジ・コーポレーションのタイヤ・ホイール販売機会を拡大。
  • ワンストップサービス: 両社の強みを組み合わせて、自動車関連サービス(給油・メンテナンス・用品販売等)を一箇所で提供し、顧客利便性を向上。
  • 上場廃止によるコスト削減: フジ・コーポレーションを非上場化することで、上場維持に伴うコストや経営の負担を削減。

以上の背景から、宇佐美鉱油はフジ・コーポレーションとの戦略的提携効果に期待し、本TOBによってフジ・コーポレーションをグループ傘下に収める決断をしています。

買付価格とTOBの条件

TOBの買付価格は1株あたり2,830円に設定されており、これは発表直前営業日の終値(2,141円)に約32.1%のプレミアムを加えた水準です。この価格で算出した買付代金総額は約514億円にのぼり、フジ・コーポレーションの企業価値に対して一定のプレミアムが支払われる形になります。

宇佐美鉱油はフジ・コーポレーションの全株式を取得する意向であり、新株予約権分を含めた買付予定株数は18,147,599株と、公表時点の発行済株式数(自己株除く)ほぼすべてに相当します。買付株数に上限は設けられておらず、応募があった株式はすべて買付ける方針です。ただし最低成立条件(下限)として、発行済株式総数の50.01%にあたる9,075,600株の応募取得を条件としています。この下限株数を下回った場合はTOB不成立となりますが、裏を返せば半数超の株式確保で買付け実行となる柔軟な条件設定です。

買付期間は2025年6月9日から7月22日までの31営業日と設定されており、約1か月半にわたり株主に応募の機会を提供します。決済の開始日は7月29日が予定されており、公開買付けの事務取扱は大和証券が担当します。

主要株主との応募契約と議決権確保

フジ・コーポレーション側は本TOBに対して賛同の意見を表明しており、一般株主に対しても本TOBへの応募を推奨しています。特に注目すべきは主要株主の動向で、フジ・コーポレーション筆頭株主である遠藤文樹会長と第3位株主の佐々木正男副会長(いずれも同社経営陣)が、それぞれ保有する株式の応募契約を宇佐美鉱油と締結した点です。両名は合計で発行済株式の約48.57%(8,814,500株)もの大量の株式を保有しており、そのほぼ全てをTOBに応募することに合意しています。

この事前合意により、宇佐美鉱油側はTOB成立に必要な株式数の約半数をすでに確保した形となり、買付け成功の蓋然性を大きく高めています。実際、下限50.01%は主要株主の応募だけでほぼ満たされる状況です。

主要株主の協力を取り付けたこのTOBスキームは、敵対的買収とは異なり友好的な枠組みで進められており、手続完了後にはフジ・コーポレーション株式は東証プライム市場から上場廃止(非公開化)となる予定です。宇佐美鉱油としては、TOBによって確保した株式と主要株主からの応募株を合わせて経営権を安定的に掌握し、上場廃止後にグループ内でのシナジー追求に専念する狙いです。

二段階買収スキームとスクイーズアウト

今回のTOBはフジ・コーポレーションの全株式取得(完全子会社化)を最終目標としているため、二段階買収を念頭に置いたスキーム設計となっています。まず公開買付け(第一段階)でできる限り多くの株式を取得し、その後スクイーズアウト(少数株主の強制買取り)により残余株主を排除して100%株式取得を完了させる計画です。

一方、TOB後に90%未満の取得に留まった場合でも、宇佐美鉱油は代替策として株式併合(株式の1単元未満への併合)によるスクイーズアウトを実施する方針です。株式併合を行うには株主総会の特別決議(出席議決権の2/3以上の賛成)が必要ですが、本TOBでは前述の通り主要株主から約48%の株式を予め確保しているため、宇佐美鉱油側が議決権の過半数を掌握する見込みです。

実は本TOBの最低成立株数を50.01%に設定した背景には、「仮に株式併合でスクイーズアウトを行う場合でも過半数の賛成確保で実現可能」との戦略的判断があります。一般に株主総会では議決権行使率が必ずしも100%に達しないことから、宇佐美鉱油は過半数の賛成支持でも株式併合決議は十分可決できると見込んでいます。実際、過去の非公開化TOB事例での株式併合議案の投票動向を分析したところ、多くの場合公開買付者以外の株主の議決権行使率は4割程度に留まっており、過半数の賛成票があれば2/3の承認要件を満たせるケースが多いことが判明しています。このようなデータに基づき、宇佐美鉱油はTOB成立下限を50.01%に据え置きつつも、必要に応じて株式併合で完全子会社化を完遂するシナリオを想定しているのです。

まとめると、本TOBは初期段階で半数超の株式取得を目指し、最終的には特別支配株主の売渡請求または株式併合のいずれか適切な方法で残余株式を取得する二段階スキームとなっています。これにより最終的にフジ・コーポレーションを100%子会社化し、株主を宇佐美鉱油だけとする体制を構築する予定です。

少数株主保護のための対応策

本TOBでは、フジ・コーポレーションの経営陣自らが大量の株式を保有し応募するという経営陣関与のMBO的側面もあるため、少数株主の利益を守るための公正性確保策が講じられました。その主な対応策は次のとおりです。

  • 特別委員会の設置: 利益相反の無い立場で本取引を審議させるため、フジ・コーポレーションは社外取締役2名と独立した社外有識者2名からなる特別委員会を設置しました。特別委員会は少数株主の代理人としてTOB提案の妥当性を検証し、取締役会に助言を行う役割を担いました。
  • 第三者算定機関による株式価値評価: フジ・コーポレーションは独立したファイナンシャル・アドバイザーとして山田コンサルティンググループを起用し、株式価値の算定を依頼しました。算定機関によるDCF法等の評価結果は特別委員会・取締役会の意思決定資料として活用され、買付価格の妥当性判断に供されています。また、法務面でもアンダーソン・毛利・友常法律事務所を独立のリーガルアドバイザーとして選任し、手続の適正性を確認しています。
  • 利益相反の排除: TOB提案の検討・交渉段階において、フジ・コーポレーションの遠藤会長および佐々木副会長は応募契約当事者として利害関係人となるため、両氏は3月の意向表明受領以降、一切このTOBに関する社内協議や宇佐美鉱油との交渉に参加せず、最終的な取締役会決議にも加わりませんでした。これにより、経営陣による恣意的な意思決定を回避し、公正なプロセスを担保しています。
  • 適正価格の検証と交渉: 特別委員会および取締役会は提示された買付価格2,830円が妥当か慎重に検討しました。その過程で宇佐美鉱油との間で価格交渉も行われています。具体的には、宇佐美鉱油からの提案価格に対し特別委員会が複数回にわたり再考・引き上げを要請するプロセスを経ました。例えば、2025年6月初旬の協議では特別委員会が「少数株主に一層配慮すべく1株2,900円への引き上げ」を提案し、それを受けて宇佐美鉱油側が最終的に1株2,830円(6月5日付)の改善案を提示するといったやり取りが行われています。最終提案の2,830円は特別委員会の要求水準(2,900円)には満たなかったものの、直前株価に約30%のプレミアムを付与する水準であり、過去の株価推移や算定機関の評価結果とも照らして「少数株主にも概ね妥当」と判断できる水準であったため、特別委員会および取締役会はこの価格を受け入れています。

以上のように、フジ・コーポレーション側は特別委員会の設置、第三者評価の取得、利害関係取締役の排除、価格交渉の実施といった多面的な措置を講じることで、TOB条件の公正性・妥当性を確保し少数株主の利益に配慮しています。

他のTOB案件と比較して特徴的な要素

今回のTOBは、近年の他のTOB事例と比べてもいくつか特徴的なポイントが見られます。一般投資家として押さえておきたい点をまとめると次のとおりです。

  • 友好的買収と事前交渉: 本件は買付者が対象会社経営陣・大株主と事前に合意を取り付けてから実施している点で、敵対的TOBとは一線を画します。主要株主から約48%もの応募確約を得てスタートするTOBは極めて成功率が高く、買収プロセスも円滑です。これは他の友好的TOB/MBO案件でも見られる手法ですが、本件ではとりわけ事前の根回しが盤石と言えます。
  • 特別委員会を通じた価格再交渉: 買付価格を巡って対象会社側が積極的に交渉した点も注目されます。他のTOBでは提示価格がそのまま受け入れられるケースも多い中、本件では特別委員会が買付者と複数回の対話を重ね、最終的に当初提案より高い2,830円で合意するに至りました。このように独立委員会を活用して株主に有利な条件を引き出したことは、近年のMBO事例(例えば東芝や他の経営陣買収案件)にも通じる少数株主保護のトレンドです。
  • 下限条件と株主総会戦略: 買付下限が50.01%と設定されている点も他例と比較して興味深い要素です。通常、非公開化目的のTOBでは将来の株式併合可決を見据え2/3程度に下限設定する例もあります。しかし本件では過半数に留めた代わりに、過去の株主総会の出席率データ等を分析することで「過半数掌握でも議決権的に十分」という判断を下しています。このように定量的なエビデンスに基づき条件を柔軟に設計する手法は、他のTOBでも有用な示唆となるでしょう。

総じて、宇佐美鉱油によるフジ・コーポレーション買収劇は、主要株主との協調による円滑なTOB進行独立委員会を軸とした条件交渉と公正性確保、そして二段階買収による完全子会社化の戦略が高次元で組み合わさった事例と言えます。他の案件においても、事前の株主対策や適正価格の追求、少数株主への配慮、確実なスクイーズアウト計画といったポイントが成功の鍵となることを、本件は示唆しています。これからTOBに臨む企業や投資家にとって、本件のような周到なプロセス設計と交渉の重要性が改めて浮き彫りになったと言えるでしょう。

今回の事例から予想される今後のTOB候補銘柄

今回のTOB事例をもとに、宇佐美鉱油×フジ・コーポレーション型と重なるTOB候補銘柄を考えてみたいと思います。今回のTOBの特徴として、

  1. 親会社が成熟・逆風市場から“隣接成長分野”に踏み出す
  2. 補完関係が濃く、既に何らかの取引・協業実績や連携構想がある
  3. TOB→完全子会社化→非公開化により迅速な経営判断と資源投下が可能

といった点が挙げられます。

市場環境(ESG/EV化・DX・サプライチェーン強化)を踏まえると、今後1~2年で動きが顕在化しても不思議ではない組み合わせを考えてみました。

候補銘柄3選

買収側(親会社候補)対象側(子会社候補)主なシナジー実現可能性のポイント
ENEOSホールディングス(石油元売最大手)オートバックスセブン(カー用品・車検専門チェーン)・全国約1.3万か所のSS網 × 600店の専門店網で「給油EV充電+タイヤ/車検」のワンストップ化
・ENEOSカード700万会員へのクロスセル
・EV充電拠点に“ミニAB”併設で脱ガソリン後の収益源確保
2013年にマレーシアで合弁店を共同運営した実績があり友好的連携しやすい 。ENEOSはEV充電網「ENEOS Charge Plus」を展開し、SSの稼働率維持が急務 。買収資金は潤沢で、非公開化後にスピード経営が可能。
出光興産(石油・化学→次世代電池素材へ転換中)ジーエス・ユアサ コーポレーション(車載・産業用バッテリー大手)・出光が強みを持つ固体電解質・硫化リチウム素材と、GSYの量産セル技術を垂直統合
・SS跡地・子会社再エネ事業で蓄電池/V2G需要を共同開拓
・国内EV用電池の国産化/サプライチェーン強靭化
出光はトヨタと全固体電池用硫化物電解質で提携し自社工場建設を決定 。GSユアサは車載LiBで20年以上の実績と累計2,000万セル超を出荷、時価総額は出光の約1/5で買収負担は許容範囲 。素材からセルまで国内完結のバリューチェーンが完成し、少数株主排除で長期投資が加速。
ニデック(世界最大級モーターメーカー)NITTOKU(巻線機トップシェア)・EV駆動モーターに不可欠な巻線工程を黒子から自社グループに取り込み垂直統合
・共同開発で高効率モーター量産/コスト最適化
・ 別事例:牧野フライスへの強硬TOBで示した買収意欲/資金力
ニデックは牧野フライスへ敵対的2570億円TOBを発表(のち撤回)し大型買収を厭わない姿勢を表明 。日特は防衛策なし・筆頭株主不在で買収障壁が低く、主力製品はEV向けコイル巻線機 。非公開化により技術流出リスクを抑え、グループ内で迅速に装置投資・開発サイクルを回せる。

なぜこの3組が“宇佐美→フジ型”になり得るのか

  1. 成熟市場からの脱却ニーズ
    • ENEOS・出光:ガソリン需要減+カーボンニュートラル要請
    • ニデック:モータービジネス競合激化、EV新ステージ
  2. 顧客網・技術など補完関係が濃い
    • SS網×カー用品/車検、素材×セル量産、モーター×巻線装置――いずれも“隣接分野”で親和性が高い。
  3. 少数株主を排除してスピード経営
    • エネルギー転換・EV普及のタイムラインはタイト。完全子会社化→非公開化で意思決定の俊敏性とリソース再配分を確保。

この3件はいずれも、「既に事業提携・実証で手応えがあり、あとは資本を一気に握って統合を加速させたい」という状況に近く、宇佐美鉱油×フジ・コーポレーション同様のTOBが起こっても不思議ではありません。今後の動向をモニタリングすることで、投資家や業界関係者にとって有益な示唆が得られるでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA