【TOB事例】日新がMBOで非公開化へ発表 – その概要・背景を探るとともに、今後予想されるMBO銘柄3選

【TOB事例】日新がMBOで非公開化へ発表 – その概要・背景を探るとともに、今後予想されるMBO銘柄3選

総合物流大手の日新が、創業家とベインキャピタルが組むMBOで非公開化へ。M&A戦略やDX投資を大胆に進める狙いを読み解き、少数株主保護策や特別委員会の交渉経緯にも触れながら解説しつつ、今回の事例から考えられる今後のMBO候補3社を解説したいと思います。

買付価格は1株8100円、約28%のプレミアム

総合物流大手の日新(東証プライム・証券コード9066)5月12日経営陣による自社買収(MBO)により株式を非公開化すると発表しました。買収主体となるベインキャピタル関連会社(株式会社BCJ-98)は、日新株式を1株当たり8100円で公開買付け(TOB)します。発表当日(5月12日)の終値6350円に比べ約27.6%高い水準で、報道される前の株価が4,800円程度でしたので、その株価水準と比べると実質的に70%程度のプレミアムつく形となり、一般株主にとって十分なプレミアムが提供される価格となっています。TOB実施期間は5月13日から7月8日までの予定で、買付予定総額は約720億~1121億円にのぼる見込みです。

この買付価格8100円は、特別委員会による度重なる交渉の末に決定したものです。当初提示された価格案に対し、日新の特別委は「本源的価値に照らし不十分」であるとして再検討を要請し、ベインキャピタル側は提案価格を段階的に引き上げました。最終的に6度目の提案となる8100円で合意に至っており、この価格には直近株価に対して大幅なプレミアムが含まれることが特別委員会から確認されています。

創業家と経営陣も再出資、ベインが筆頭株主に

今回のMBOでは、買収後の支配株主構成にも特徴があります。公開買付け成立後、日新はベインキャピタル運営ファンド傘下の新会社(BCJ-98の親会社)によって実質的に支配されることになります。一方で創業家である筒井家と現経営陣も一部株式を再出資(ローリング)する意向を示しており、MBO後も経営に参画し続ける予定です。筒井雅洋社長個人や筒井家の資産管理会社(日新商事)が現在保有する株式(合計で発行済株式の約6%程度とみられる)は、公開買付けに応募したのち新会社に再投資される見込みです。

これにより創業家・経営陣と買収者の利害を一致させ、MBO後の企業価値向上に向けたインセンティブを共有する狙いがあります。ベインキャピタルが筆頭株主・支配株主となる一方、創業家・経営陣も引き続き株主として残ることで、買収後のガバナンス体制でも経営経験や企業文化が活かされる見通しです。

MBOの背景:物流業界の環境変化と課題

日新がMBOに踏み切った背景には、同社を取り巻く経営環境の変化と課題があります。物流業界では2024年からトラック運転手の時間外労働規制(いわゆる「2024年問題」)が本格施行され、人手不足への対応や生産性向上が喫緊の課題となっています。

業界再編の機運も高まっており、2024年にはKKR傘下のログステードによるアルプス物流買収や、SGホールディングスによるC&FロジHDのTOBなど大型案件が相次ぎました。また、内外トランスラインがMBOで上場廃止するなど、中堅物流でも自主的な再編の動きが出ています。こうした中、日新もグローバル展開する総合物流企業として、生き残りと成長戦略の加速が求められていました。

同社は中期経営計画「Nissin Next 77」を掲げ、DX(デジタル変革)やESG対応、グローバル展開など将来に向けた投資を進めています。しかし、運送業の人材不足や競争激化、設備投資負担などから短期的な収益圧迫要因も抱えており、市場では株価純資産倍率(PBR)が1倍割れとなる局面もあるなど低評価に悩んでいた可能性があります。

経営陣にとって、上場維持による四半期ごとの業績プレッシャーから離れ、長期視点で構造改革や戦略投資を断行するには非公開化が望ましいとの判断に傾いたとみられます。実際、日新は「企業価値向上に資する様々な選択肢を常に検討しており、非公開化を検討しているのは事実」とのコメントを公表していました。このように業界環境の激変と自社の課題への対応策として、経営の自由度を高めるMBOが選択されたと考えられます。

特別委員会の設置と公正性確保の取り組み

今回のMBOプロセスでは、少数株主の利益を守るための公正性担保策が講じられました。日新は買収提案を受領後、迅速に社外取締役を中心とする独立した特別委員会を設置し、利害対立を排除した審議体制を整えています。特別委員会は社外の法務・財務アドバイザーの助言を得ながら、提案内容の妥当性を慎重に検討しました。

その結果、当初提示された買付価格は著しく不十分であると判断し、繰り返し価格引き上げを要求しています。ベインキャピタルとの交渉を経て価格が段階的に引き上げられ、最終的に6回目の提案となる8100円で合意した経緯は前述の通りです。

また、取締役会の意思決定においても、公正性確保に配慮しています。MBO当事者である筒井社長は利益相反を避けるため取締役会決議への参加を見送り、特別委員会の勧告を尊重する形で残る取締役が意思決定を行いました。第三者算定機関による株式価値の評価も実施されており、提示価格が適切であるとのフェアネス・オピニオンも入手されています。

特別委員会は最終報告で、今回のTOB価格および諸条件が少数株主にとって妥当であり、十分なプレミアムを伴う公正な退出機会を提供するものと結論づけています。このように、MBO取引につきまとう「経営陣による安値買い叩き」の懸念に対し、日新はプロセスの透明性と公正性を確保する措置を徹底しています。

MBO後の経営方針とガバナンス

非公開化後、日新はベインキャピタルの支援のもとで中長期的な成長戦略を加速させる方針です。具体的には、豊富な資金力とグローバルネットワークを持つベインの参画により、積極的なM&Aや業務効率化による収益力強化を目指すとされています。これは、同社が直面する人手不足や国際物流の変化に対応し、新たなサービス展開やシステム投資を大胆に進めるための体制強化といえます。

株式公開企業としての制約が無くなることで、大胆な設備投資や事業再編の実行速度を上げられるメリットがあります。ベインキャピタルは2024年にも物流企業トランコムのMBOに関与した実績があり、業界知見や経営ノウハウの提供を通じて日新と協働するとみられます。

筒井社長をはじめ現経営陣は引き続き舵取りを担い、創業家の経営理念を維持しつつも、新株主の下でガバナンスを強化する構想です。具体的には、取締役会にベイン出身者や第三者を迎えることで監督機能を高める一方、俊敏な意思決定で事業価値向上を図るとしています。公開買付け成立後、所定の手続きを経て日新株は上場廃止となる見通しですが、非公開化後も企業価値向上とステークホルダーへの責任を両立する経営を目指す姿勢が示されています。

将来のMBO候補となりうる日本企業3選

昨今の東証によるPBR1倍割れ企業への改善要請や投資ファンドの台頭もあり、今後もMBOが起こりうる可能性があります。特にオーナー経営色が強く(経営陣・創業家の持株比率が高い)、かつ株価バリュエーションが低水準(PBRやPERが低い)で、安定した事業基盤を持つ企業はMBO候補として注目されます。以下に、その条件を満たす代表的な3銘柄を紹介します。

ワキタ(8125)

建機レンタルと不動産を手掛けるワキタは、創業家の脇田社長が実質的筆頭株主として議決権の約半数を握るオーナー企業です。自己資本比率は約69%と財務体質が極めて強固で、配当利回り5%超・PBR0.8倍台という“資産に対して割安”な状況が続いています。

株主還元や資本効率の低さを巡り、アクティビストのストラテジックキャピタルが改善提案を行うなどガバナンス面への圧力も高まっており、創業家が経営自由度を確保するために非公開化を選択する余地があるとみられます。

築いた不動産や建機資産を背景に安定的なキャッシュフローを生み出せるため、ファンドや金融機関と組んだMBOで大きな資金調達を要せずに済む点もメリット。市場で適正評価を得られないまま東証の資本効率改善要請を受けるより、創業家主導でのMBO→非公開化→構造改革という選択肢が現実味を帯びる――これがワキタを次のMBO候補に推す理由です。

ライク(2462)

保育園運営や人材サービス・介護事業を展開するライクも、有力なMBO候補の一つです。同社は岡本泰彦会長兼社長(創業者)が率いるオーナー企業で、岡本氏の資産管理会社が筆頭株主となっています。

近年、保育・介護ニーズの高まりで業績は好調にもかかわらず、株価指標はPER約10倍程度と割安な水準です。配当利回りも4%程度と高く、市場から適正に評価されていない可能性があります。

安定したストックビジネス(保育園等の継続収入)を有しキャッシュフローも堅調なことから、創業家が中心となって株式を買い集め非公開化し、長期視点で企業価値向上を図るシナリオが想定されます。低評価の要因である上場コストや情報開示負担を解消し、成長投資に集中できる環境を整えることで、オーナー経営者のビジョン実現を目指す選択肢としてMBOが現実味を帯びるでしょう。

オークワ(8217)

関西地盤の老舗スーパーマーケットであるオークワもMBOの可能性が考えられます。同社は和歌山県発祥で、創業家の大桑氏が社長を務める典型的なオーナー企業です。食品スーパーという生活必需分野で安定した収益基盤がある一方、地方市場の競争激化や投資負担から利益成長が鈍化し、PBRはわずか0.45倍と極端な割安状態にあります。株価も長期低迷し年初来安値圏にあることから、市場評価の改善余地が大きい銘柄です。

創業家は地域密着経営の理念を持ち、外部資本に左右されない経営を志向する傾向があります。もし現状の低評価が続くようであれば、創業家が中心となって株式を買い付け非公開化することで、独自戦略を遂行し企業価値を高める選択肢が考えられます。実際、同社の財務戦略や資本政策に市場の注目が集まりつつあり、自己株買いによる株主還元強化やMBO検討の思惑も浮上しかねない状況です。

まとめ

以上のように、ワキタ、ライク、オークワはいずれも「オーナー色が強く低バリュエーション」という共通点を持ち、潜在的なMBO候補と目されています。それぞれ業種は異なりますが、安定した事業基盤を有しながら株式市場で適正な評価を得られていないという点で共通しています。

もちろんMBO実施のハードルは高く、実現するかは不透明ですが、仮に経営陣が企業価値向上のために非公開化を選択する場合には、こうした銘柄が候補に挙がってくる可能性があるでしょう。

さいごに

最後にプレミアム狙いの事前投資戦略についても触れておきます。

親子上場関連株は「いずれTOB・MBOでプレミアム獲得できるのでは」と期待して先回り買いする投資家が増えてきていると思います。実際、親子上場解消が噂されると株価が思惑で上昇することもあります。ただし、いつTOBになるか確証はなく、長期間放置される可能性や、最悪基準未達で上場廃止(TOBなしで株主が市場で売る機会を失う)リスクもあります。したがってこの手法は中長期のリスク許容度がある中級者以上の投資家向きともいえます。

当サイトでもTOB候補銘柄を紹介していますが、不確実性の高いなかでTOBだけを目的に積極的に買い向かうのは得策ではありません。TOBだけを目的にすると、TOBが実行されるまでは機会損失を被ることも多いので、必ずTOBとあわせてプラスαの材料をもつ銘柄に投資をしておきたいところです。

プラスαの材料としては、たとえば以下のようにTOBがなくても株価が上がったり、リターンが見込めるような銘柄が理想的です。

  • TOB+高配当
  • TOB+黒字化銘柄

ぜひ、「TOB+α」の銘柄を探してみましょう!

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