【TOB事例】NTTによるNTTデータTOBの背景と親子上場の類似ケース銘柄のTOB候補の考察

【TOB事例】NTTによるNTTデータTOBの背景と親子上場の類似ケース銘柄のTOB候補の考察

以前に【TOB候補】NTTデータグループ(親子上場)の記事でTOB候補銘柄としてお伝えしていましたが、本日5月8日に日本電信電話(NTT)は、子会社であるNTTデータ(東証プライム上場)を完全子会社化する方針を表明し、取締役会で株式公開買付け(TOB)の実施を決議しました。NTTは現在NTTデータ株の約58%を保有しており、残る約42%の株式をTOBで買い取る計画です。

このNTTによるNTTデータTOBの背景・目的、買付価格4,000円の妥当性と交渉経緯、さらに今後親子上場解消(親会社による上場子会社のTOB)の可能性がある企業例について、正式開示資料に基づき解説します。

TOB(株式公開買付け)とは何か:基本仕組みと市場反応

TOBの基本仕組み

TOBとは、不特定多数の株主から株式を市場外で買い集めるM&A手法の一つです。買付けの価格・株数・期間を公開し、証券市場を通さずに直接株式を買い取ることで経営権を取得します。親会社が上場子会社を完全子会社化する場合によく用いられる手法です。

提示価格とプレミアム

通常、友好的なTOBでは直近の市場株価より30~50%程度上乗せしたプレミアム価格が設定されます。プレミアムを乗せることで株主に売却の動機付けを行います(まれに市場価格以下のディスカウントTOBもありますが、その場合一般株主は応じにくく特定株主からの買付けに限られる傾向があります)。

市場の反応

プレミアム付きTOBが発表されると、対象株の株価は通常TOB価格近辺まで急騰します。投資家にとってTOB価格が明示されることで売り時が明確となり、株価は一直線にTOB価格へ収斂しやすくなります。今回のNTTデータ株も報道を受け買い注文が殺到し、発表当日は値幅制限いっぱいのストップ高(3,492円)で取引を終えました(買付価格4,000円に迫る水準)。もっとも、TOBは条件未達の場合に不成立となるリスクもあり、株価は常にTOB価格ピッタリになるとは限りません(条件付きTOBの場合、成立見込みによって多少ディスカウントされて推移することもあります)。

NTTがTOBに踏み切った背景・目的親子上場の課題と解消の決断

親子上場の課題

NTTとNTTデータは長年「親子上場」の関係にありました。NTTはNTTデータ株の約57.7%を保有する筆頭株主で、NTTデータはNTTの連結子会社です。一方でNTTデータ株式は東証プライム市場に上場しており、約42%は市場に流通する少数株主の持ち分でした。この親子上場体制にはいくつかの課題が指摘されています。

  • 利益相反と説明責任: 親会社NTTと上場子会社NTTデータの間では、少数株主との間に潜在的な利益相反が生じ得ます。またグループ戦略上、NTTがNTTデータ事業に投資を行う際に、NTTの株主とNTTデータの少数株主双方への説明責任が生じ、経営判断が複雑化する懸念があります。
  • 意思決定プロセスの複雑化: 親子上場では意思決定に親会社・子会社それぞれのガバナンスプロセスが絡み、迅速な決定が難しくなる場合があります。特にデジタルビジネスのような変化の激しい領域では、機動的な意思決定を阻害しかねません。
  • リスク・リターンの共有: 子会社の施策のリスクやリターンがグループ外の少数株主とも共有されるため、親会社としては戦略的大胆な投資を行いにくい状況にもつながり得ます。

NTTはこれら課題を解消し、真に一体となった経営体制を構築するためNTTデータの完全子会社化を決断しました。TOBによって親子上場を解消し、「両者の利害関係を完全に一致させるとともに意思決定プロセスを一元化」することが大きな狙いです。

戦略的目的:意思決定の迅速化とグローバル戦略強化

NTTはNTTデータを完全子会社化することで、経営資源の最適配分と戦略遂行のスピードアップを図ります。公式発表によれば、本取引によりNTTデータをNTTのグローバルソリューション事業の中核に据え、急速な環境変化に対応するための機動的な成長投資を実行し、NTTデータの成長加速を目指すとしています。

具体的な戦略目的は次のとおりです。

グローバル事業への機動的投資

完全子会社化後は、NTTグループ全体のキャッシュフローと資金調達力をNTTデータに集中投入し、大胆な成長投資を迅速に行えるようになります。例えば、データセンターの拡大・高度化(AI需要の高まりへの対応)北米市場でのプレゼンス拡大(最新技術の集まる最大市場への進出)生成AIやエージェントAI等の急成長が見込まれるサービスへの投資、およびデジタルエンジニアリング分野への投資などが挙げられており、NTTは環境変化に応じ適切なタイミングでこれらの投資を一元的に判断・実行できる体制を築く考えです。これによりNTTデータの事業ポートフォリオ全体を強化し、グローバルでの競争力を高める狙いがあります。

グループ内リソースの連携強化

完全民営化によりNTTとNTTデータ間の壁を取り払い、営業や研究開発リソースをシームレスに共有します。営業面では、NTTデータとNTT本体その他NTTグループ各社の顧客基盤やサービス提供能力を組み合わせ、大規模法人向け統合ソリューションの営業を拡大する計画です。またNTTデータのソフトウェア資産を活用し、自治体や中堅・中小企業向けにも営業力強化を図ります。研究開発面でも、NTTグループの先端研究成果とNTTデータの技術開発力を密接に連携させ、新技術の事業適用を加速させることが期待されています(※資料でも研究開発分野での連携強化に言及)。

以上のように、NTTデータを完全子会社化して親子上場を解消することで利益相反リスクをなくし意志決定を迅速化し、NTTとNTTデータの強みを融合してグローバル競争を勝ち抜く体制を構築することがNTTの狙いです。NTTは2020年にも携帯子会社のNTTドコモを約4兆円でTOBし完全子会社化しており、今回のNTTデータのケースも近年進む親子上場解消の流れの一環といえます。実際、この取引の成立は日本でも代表的な親子上場の解消例となり、依然多く残る親子上場企業に波及を及ぼす可能性があると指摘されています。

※なお、将来の成長性に期待!AIエージェント関連の注目日本株をカテゴリー別に紹介の記事のなかでも、NTTデータの可能性とあわせてTOB監視しておくべき銘柄としてご紹介をさせていただいておりましたが、やはりTOBをしてでも完全子会社化したかった有望な会社だったということだと思います。

2. 買付価格4,000円の妥当性と交渉経緯

NTTによるNTTデータ株の買付価格は1株当たり4,000円と設定されました。これは発表前日の株価(2,827.5円)に対して41.5%のプレミアムを乗せた水準になります。この4,000円に至るまでには、NTTとNTTデータ特別委員会との間で複数回の価格交渉が行われました。以下、その経緯と価格妥当性の根拠を解説します。

提示価格の交渉経緯

NTTは当初、現時点よりかなり低い価格から交渉を開始し、NTTデータ側(特別委員会)の反発を受けて段階的に提示額を引き上げました。交渉の主な流れは以下の通りです(※各終値は当時の直近終値、プレミアムはその終値比)。

  1. 初回提案(4月8日): NTTは3,200円(前日終値2,390円に対し+33.9%)でTOBを提案。NTTデータ特別委員会は「NTTデータ株の本源的価値を著しく下回る」として価格見直しを要請しました。
  2. 第2回提案(4月15日): NTTは価格を3,400円(前日終値2,510.5円に対し+35.4%)に引き上げ提示。特別委員会は依然「本源的価値を反映していない」として再検討を要請
  3. 第3回提案(4月22日): NTTはさらに3,700円(前日終値2,590.0円に対し+42.9%)を提示。特別委員会は「一般株主にとって公正・合理的と言えない」として再度の見直し要求
  4. 第4回提案(4月28日): NTTは3,800円(前日終値2,767.0円に対し+37.3%)を提示。特別委員会は「依然本源的価値を十分評価した価格ではない」としてさらなる価格改善を要求
  5. 最終提案(5月1日): NTTは4,000円(前日終値2,827.5円に対し+41.5%)を提示。5月2日にNTTデータの特別委員会および取締役会はこの4,000円を受け入れる意思を回答し、価格合意に至りました。

以上の経緯から、最終的なTOB価格4,000円は初回提示額(3,200円)より25%引き上げられた水準となっています。NTTデータの特別委員会による粘り強い交渉の結果、一般株主にとってより公正といえる価格まで引き上げが実現した形です。

4,000円の妥当性:公正価値の検証

提示価格4,000円の妥当性について、NTTデータ側では社外取締役を中心とする特別委員会が徹底検証を行いました。第三者算定機関による株式価値算定やフェアネス・オピニオン(公正意見)も取得され、財務的見地から適正かが慎重に判断されています。

NTTデータ特別委員会が依頼した独立第三者プルータス・コンサルティングおよび大和証券による評価では、4,000円は概ね次のような評価結果となりました。

  • 株式価値評価レンジとの比較: 市場株価法や類似会社比較法、DCF法といった手法でNTTデータ株の1株当たり価値レンジが算定されました。その結果、4,000円はプルータス算定の市場株価法・類似会社法レンジの上限を上回り、DCF法のレンジ内かつ中央値超、さらに大和証券算定の市場株価法レンジ上限を上回り、類似会社法レンジ内かつ中央値超、DCF法レンジ内という水準でした。要するに、独立評価した理論価値レンジと比較しても4,000円は十分妥当な高水準にあります。
  • 株価プレミアム水準: 4,000円は発表前の市場株価と比べ大幅なプレミアムをつけています。直近1ヶ月間の終値平均(約2,663円)に対して約+50.2%、3ヶ月平均(約2,765円)に対して+44.7%、6ヶ月平均(約2,858円)に対して+40.0%のプレミアムとなり、他の親子上場解消TOB事例と比べても遜色ない水準と評価されました。実際、NTTが2020年に行ったNTTドコモTOBのプレミアムも約41%(終値ベース)であり、一般的に3~4割台後半のプレミアムは十分高い水準です。
  • 過去の株価水準との比較: 4,000円はNTTデータ株の過去25年での場中最高値(3,258円:2025年2月6日)を上回る価格でもあります。長期の株価推移から見ても過去最高水準で買収される点は、少数株主にとって有利な条件といえます。
  • 交渉プロセスの適正: 前述の通り特別委員会を中心に公正な手続きを経てNTTとの交渉が行われ、当初提示額から最終的に25%増額した4,000円で合意しています。この経緯自体が本取引条件の公正性を裏付けるものです。
  • フェアネス・オピニオンの取得: NTTデータは大和証券から、特別委員会はプルータス・コンサルティングから、それぞれ「1株4,000円は財務的見地から少数株主にとって公正である」とのフェアネス・オピニオン(意見書)を取得しています。第三者のお墨付きを得たことで、価格の妥当性に対する客観的保証がなされています。

以上を総合し、NTTデータ取締役会および特別委員会は4,000円でのTOBに同意しました。これは数株主にとって経済的に公正かつ合理的な条件であり、NTTとしても許容可能な上限の価格で落ち着いたと考えられます。買収総額は約2兆3,700億円にのぼり、NTTにとっても2020年のドコモ買収(約4兆円)に次ぐ大型ディールとなります。

3. 今後のTOB・親子上場解消の可能性がある銘柄例

NTTとNTTデータのケースのように、親会社が上場子会社をTOBで完全子会社化する動きは近年日本市場で相次いでいます。2024年には親子上場解消のTOBが目立ち、2025年もさらに加速する可能性が指摘されています。実際、本件発表の直前にも流通大手イオンが複数子会社の完全子会社化を発表するなど(後述)動きが活発化しています。では、今後TOBによる親子上場解消の可能性がある企業にはどんな例があるでしょうか。NTTとNTTデータの構図に類似した主な銘柄をいくつか紹介します。

イオン(8267)グループ

小売大手イオンは親子上場の典型例で、2025年2月にまずショッピングセンター運営のイオンモール(8905)と施設管理のイオンディライト(9787)を株式交換で完全子会社化すると発表しました。イオンは他にも15社もの上場子会社を抱えており、特に金融事業統括のイオンフィナンシャルサービス(8570)やアミューズメント運営のイオンファンタジー(4343)などは親子上場解消候補として注目されています。グループ経営効率向上の観点から、今後さらなる完全子会社化に踏み切る可能性があります。

日本製鉄(5401)

国内最大の鉄鋼メーカーである日本製鉄は、傘下に専門分野の上場子会社を複数持っています。例えば電炉事業の中核である大阪製鐵(5449)や、IT子会社の日鉄ソリューションズ(2327)はいずれも上場企業です。大阪製鐵には物言う株主であるストラテジックキャピタルが10%以上出資しており、親子上場の解消(=少数株主へのプレミアム買付け)を求める声が上がる可能性があります。また日本製鉄は2023年に別子会社の山陽特殊製鋼をTOBで完全子会社化すると発表済みであり、グループ再編の流れで他の子会社についてもTOBが検討される余地があります。

※参考記事:「【TOB候補】日鉄ソリューションズ(親子上場)

キヤノン(7751)

電子機器大手のキヤノンも複数の上場子会社を持つ企業です。製造子会社のキヤノン電子(7739)や、販売子会社でSI事業も担うキヤノンマーケティングジャパン(8060)はともに上場しています。親会社キヤノン本体と事業領域が重なる部分も多く、将来的に経営資源の集約やグループ戦略一体化のため完全子会社化が検討されてもおかしくないとの見方があります。

※参考記事:「【TOB候補】キャノンマーケティングジャパン(親子上場)

GMOインターネットグループ(9449)

インターネット事業を手広く展開するGMOインターネットGも特徴的なケースです。傘下に9社の上場子会社を抱えており、なかでも決済代行のGMOペイメントゲートウェイ(3769)は時価総額約5,700億円と親会社GMOインターネットG本体(約3,070億円)を上回る規模に成長しています。親子上場状態で子会社の方が時価総額が大きい逆転現象は市場でも注目されており、グループ戦略の再構築次第では何らかの再編(統合や売却)が起きる可能性があります。

以上は一例ですが、この他にも親子上場状態にある企業は多数存在します。例えばトヨタ自動車(7203)とトヨタ紡織・豊田通商、ソフトバンクグループ(9984)とソフトバンク(9434)なども広義では親子上場の関係にあります(※持株比率は状況によります)。実際、トヨタでは2025年に入って豊田章男会長がグループ内の主要企業であるトヨタ自動車とトヨタ自動織機との統合を示唆する発言を行い、報道でも約6兆円規模の買収提案として取り沙汰されました。また小売業ではセブン&アイ・ホールディングス(3382)の創業家が7&iの非公開化を目指す動きも報じられるなど、上場企業グループの再編が活発化しています。

親子上場解消はコーポレートガバナンス強化グループ経営効率向上の観点から、日本の資本市場で一つの潮流となっています。もっとも、その手法は今回のNTTのような親会社によるTOBだけでなく、第三者への子会社株譲渡や子会社同士の統合スピンオフ(分離上場)など多岐にわたります。それぞれ少数株主の利益保護や企業価値向上への影響を十分考慮する必要がありますが、投資家にとってはTOBの場合プレミアムが得られるメリットも大きいため、今後も関連ニュースには注目が集まるでしょう。

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