【TOB事例】マルハンによるイチケンの部分TOBと今後のTOB候補銘柄

【TOB事例】マルハンによるイチケンの部分TOBと今後のTOB候補銘柄

パチンコホール最大手マルハンが、協業関係を築いてきた中堅ゼネコンのイチケンに対し、出資比率を32%から40%へ引き上げる友好的TOBを発表。買付価格は1株3,500円ですが、上限7.7%の“部分買付け”という特殊条件が株価の思惑を揺らしています。

TOB概要と株価が3,500円に届かない理由、さらに同様のTOB候補企業の条件とも詳しく注目銘柄を解説し、個人投資家はサヤ取りの機会があるのかシナリオを探ります。

イチケンに対するTOBに至った背景

長年の資本関係と協業

イチケン(東証スタンダード上場の中堅建設会社)は、パチンコホール運営大手マルハンと長年にわたり資本・業務提携関係にありました。実は2004年にマルハンがイチケン株の約29%を取得して筆頭株主となり、それ以降マルハン系グループの一員として協業してきた歴史があります。マルハンは全国にパチンコホール等のレジャー施設を展開しており、イチケンは主に商業施設の建設・内装工事を得意としています。このためパチンコ店など施設建設・管理で大きなシナジー(相乗効果)が期待され、マルハンは安定した施工パートナーを得るメリットがありました。

協業強化と独立性維持のバランス

2025年に至るまでマルハンはイチケン株の約32.27%を保有する筆頭株主でした。今回マルハンはさらに出資比率を引き上げ、両社の関係をより緊密にして双方の業績拡大につなげる狙いです。一方で、イチケンの経営の独立性や上場会社としての自律性は今後も尊重する方針が示されています。マルハン側は今回のTOBについて「イチケン株式の上場維持と経営の独自性は守られるべき」と明言しており、完全子会社化(非上場化)を目的としない点が特徴です。

これは将来的にイチケンが東京証券取引所のプライム市場への市場変更(ステップアップ)を視野に入れているためで、プライム上場基準の流通株比率35%以上を安定確保するよう配慮した戦略と言えます。つまり、マルハンはイチケンをグループ内に取り込みつつも株式の35%以上は市場に残し、上場企業としての体制を維持しようとしているのです。

今回のTOBの概要

TOBの基本条件

マルハンによる今回の株式公開買付け(TOB)は2025年5月21日から6月24日までの25営業日間で実施されます。買付価格は1株あたり3,500円と設定されており、これは発表前営業日終値(2,917円)に約20%のプレミアムを加えた水準です(前日比ベースでは約17.4%上乗せ)。

対象となる普通株式の買付予定数は560,800株(上限)で、発行済株式数の7.73%に当たります。この全てが買い付けられた場合、マルハンのイチケン株保有比率は現在の32.27%から40.00%へ上昇します。一方、買付予定数の下限は設定されていません。応募株数が1株からでもマルハンは買付けを実行する構えで、これは「持株比率の増加に比例してシナジーも高まる」と判断しているためです。

上場維持と子会社化しない方針

上述の通り上限を40%に留めたのは、マルハンがイチケンを連結子会社化(支配権取得)しない方針によるものです。40%に抑えることで浮動株比率を60%程度確保し、プライム市場基準の流通株35%以上も満たせる見通しです。マルハンは「TOB後もイチケン株の上場は維持される予定」と明言しており、実際イチケン取締役会もTOBに賛同の意見を表明しつつ、「応募判断は株主に委ねる」と中立スタンスをとりました。これは友好的なTOBであり、上場廃止や完全支配を目的としない点が投資家にとって安心材料となっています。

応募超過時の扱い

なお、このTOBでは上限560,800株を超える応募があった場合、超過分については按分比例方式(プロラタ)での買取りが行われます例えば応募株数が上限の2倍にあたる112万株集まった場合、応募株主それぞれがおよそ50%ずつ売却できる計算です(厳密には法令に基づく計算)。この按分処理により、一部株主だけが優先的に売却して他の応募株主が売れ残るといった不公平が生じないように配慮されています。

なぜイチケン株は TOB 価格(3,500 円)より約 500 円低い 3,000 円前後で推移しているのか

マルハンの公開買付け(TOB)が発表された直後、一般には「株価=TOB 価格にサヤ寄せする」現象が想起されますが、イチケンの場合はおよそ 3,000 円で落ち着いています。

主な背景は次の 4 点です。

  1. 買付数量が“たった 7.73 %”に上限設定されている
     マルハンは自社の持株比率を 32.27 %→40.00 %へ引き上げるため、買付上限を 560,800 株(発行済みの 7.73 %)に限定しています。応募が上限を超えた分は按分比例でしか買い取られません。そのため多くの株主は「応募しても3〜4割程度しか 3,500 円で売却できず、残りは市場で売ることになる」と見積もります。
  2. TOB 後に“売れ残る”株の理論価格が 2,700〜2,900 円と試算される
     アービトラージ(裁定取引)勢は〈応募分×3,500 円+未応募分×TOB 後の想定株価〉で期待値を計算します。TOB 成立後に浮動株が潤沢に残る以上、株価は従来水準(決算短信発表前の 2,700 円台)へ戻りやすい――と読む向きが多く、期待値が 3,000 円前後に落ち着くわけです。
  3. 決済まで 1 か月以上の資金拘束&期間リスク
     応募から決済開始(7 月 1 日予定)まで約 40 日。途中で相場環境が変わるリスクや、TOB 条件が延長・変更される可能性を考慮すると、投資家は期間プレミアム(割引)を要求します。
  4. マルハンは支配権を取らず上場も維持──“部分 TOB”ゆえの割高感
     今回の TOB は「連結子会社化を目的とせず、上場維持を前提に所有比率 40 %にとどめる」という方針で実施されています。完全買収によるシナジー極大化ではないため、ファンド勢はプレミアムをフルに評価せず、割高感の調整として株価を 3,000 円近辺にディスカウントさせます。

要するに、上限付きの“部分買付け”で応募超過が濃厚 → 売れ残り株の理論価格が 3,000 円近辺に戻る → しかも決済まで時間がかかる――という複合要因が、株価を TOB 価格より約 500 円下へ押し下げている、という構図です。投資家が今後注視すべきは応募倍率とTOB 後の業績見通し。応募が想定より少なければ株価は 3,500 円へ接近、逆に倍率が高ければサヤは維持されやすい点を押さえておきましょう。

TOBされやすい企業の特徴

今回のイチケンのケースから、公開買付けの対象になりやすい企業にはいくつか共通する特徴が見えてきます。一般的に、以下のような定性的・定量的要因を備える企業はTOBの候補になりやすいと考えられます。

  • 既存の業務提携や資本関係がある大手企業と資本業務提携しており、一定の出資を受けている企業は、関係強化のためにTOBで持株比率を引き上げられるケースがあります。今回のイチケンのように業界内外の強力なパートナーが筆頭株主となっている場合、そのパートナーがさらなる協業メリットを求めTOBを仕掛ける可能性が高まります。既に人的・取引面で結びつきが強いほど「友好的TOB」に発展しやすいでしょう。
  • 業界再編の流れや人手不足問題がある建設業界をはじめ、業界全体で再編の波が来ている分野では、中堅企業がM&Aのターゲットになりやすいです。例えば建設業界では大手ハウスメーカーや総合商社が異業種からゼネコンに資本参加し、66兆円市場の取り込みを狙う動きが活発化しています。また慢性的な人手不足・高齢化に直面する業界では、生き残りのため企業統合が選択肢となり、事業の重複解消や人材確保を目的にTOBが行われる傾向があります。労働力確保や規模拡大を狙って、関連企業同士が資本統合するケースです。
  • 経営の自律性とパートナー支援の両立志向 – 対象企業の経営陣が「完全買収されるより、支援を受けつつ独立性も保ちたい」と考えている場合、今回のような部分出資による友好的TOBが選ばれやすいです。マルハン-イチケンのケースでは、イチケンは自社のブランドと上場ステータスを維持しながら、筆頭株主の支援で企業価値向上を図る道を選びました。経営の安定や成長には資本提携が有効でも、自社色も残したい企業は、このようなTOBを受け入れやすい土壌と言えます。
  • 浮動株比率が高く買収しやすい – 定量面では、株主が分散していて浮動株(市場で流通する株)の割合が高い企業はTOBの標的になりやすいです。安定株主が少なく市場に出回っている株が多いほど、買付側にとって必要株数を集めやすく、買収コストも見積もりやすくなります。反対に特定の大株主が不在で株式が割安放置されているような企業は、外部から「狙われる」リスクが高まります。
  • 時価総額が小さく買収コストが手頃 – TOBでは買収資金が必要になるため、時価総額や株価が割安な企業ほど手掛けやすい対象となります。市場評価が低く本来的な企業価値とのギャップが大きい場合、買付者にとっては“お買い得”となり、プレミアムを上乗せしても十分リターンが見込めます。逆に言えば、小型株で割安な状態の企業は放置せずM&Aで価値を引き出そうとする動きが出やすいのです。
  • 株主構成に偏りがあり上場維持基準に絡む事情特定株主の持株比率が高すぎたり低すぎたりする企業もTOBのきっかけが生じます。例えば筆頭株主が議決権の過半近くを持つ「親子上場」状態では、残りの浮動株が少なくプライム市場の流通株比率基準(35%)を満たせない恐れがあります。この場合、親会社側がTOBで残り株を買い取って非上場化するか、逆に持株を減らすかの選択に迫られます。また、株主構成が極端に偏在している(例:創業家が大半を保有など)場合、機関投資家からガバナンス上の指摘を受けて株式公開買付けに発展することも考えられます。

以上のような特徴を複合的に備える企業は、「次のTOB候補」としてマーケットで噂になったり注目されたりします。では、具体的に現在どのような企業がその候補と言えるでしょうか。最後に上記特徴に合致する注目銘柄2社を選び、簡単に概要を説明します。

特徴に合致する注目銘柄3選

湖池屋(2226)– 日清食品との資本提携で注目

企業概要:

湖池屋(コイケヤ)はスナック菓子大手で、「カラムーチョ」「ポテトチップスのり塩」などの人気商品を持つ老舗メーカーです。JASDAQ上場の中堅企業ですが、市場競争が激しい中で近年業績立て直しに成功しつつあります。

資本・協業関係:

即席麺最大手の日清食品ホールディングス(2897)が湖池屋の筆頭株で、約45%の株式を保有しています。2011年に業務資本提携を締結し、その後段階的に出資比率を引き上げて2018年に関連会社化2020年には追加取得で議決権比率45.12%の連結子会社となりました。日清は自社グループの菓子事業強化を図っており、湖池屋は日清シスコやぼんち(せんべいメーカー)などと食品グループ内でシナジー創出を進めています。湖池屋側も親会社の日清からマーケティング支援や海外展開のバックアップを受け、商品開発力向上に成功しています。

株主構成・今後の文脈:

日清食品HDが約45%、残り約55%が市場に流通する構成で、親子上場状態となっています。創業家は既に経営から退いており、将来的には日清による完全子会社化(TOB)も取り沙汰されています。実際、投資家の間でも「親子上場解消で日清がTOB実施か?」との観測があり、湖池屋の株価材料として意識されています。

日清にとって湖池屋を100%傘下に収めれば、グループの菓子事業を一体運営できるメリットがあり、経営効率向上が期待できます。一方、現状でもプライム市場の上場維持要件は満たしているため急ぎのTOBはないものの、業界再編や競争激化次第ではM&Aが進展しうる銘柄として注目されています。

熊谷組(1861)– 住宅大手との提携で再成長を模索

企業概要:

熊谷組は戦前創業の老舗ゼネコン(総合建設会社)です。高層ビルや土木工事で実績を持つ準大手クラスの建設会社ですが、バブル崩壊後に経営危機を経験し、現在は立て直し途上にあります。東証プライム上場で、時価総額は数百億円規模の中堅ゼネコンです。

資本・協業関係:

住宅・木材大手の住友林業(1911)が熊谷組の約20%超を保有する筆頭株主です。2017年に住友林業が資本参加し業務提携を結んだことで、熊谷組は大手グループの支援を受ける形となりました。当時、熊谷組の財務基盤強化と事業協業を目的に第三者割当増資が行われ、住友林業が約26%の株式を取得しています(以降も市場で買い増しがあれば持株比率は変動します)。

この提携により、住友林業は戸建住宅・木造建築の技術を熊谷組の大型建設案件に活かし、逆に熊谷組は住友林業案件の施工を担うなど相互補完関係が築かれています。木造高層ビルや再開発プロジェクトでの協業など、住宅×ゼネコンのシナジー創出が狙いです。

株主構成・今後の文脈:

住友林業以外には銀行系や機関投資家が一定割合を保有し、残りは市場に流通しています。浮動株比率はプライム基準を満たしていますが、住友林業としては将来的に熊谷組を連結子会社化してさらなる統合効果を高める可能性も指摘されています。建設業界では人材不足や働き方改革への対応投資など課題が多く、資本力のある大企業傘下に入ることで熊谷組が安定成長しやすくなる利点があります。

実際、近年は異業種によるゼネコン再編の機運が高まっており、同社も再編の波及が注目される銘柄です。住友林業側も出資比率をさらに引き上げる余地があり、状況次第ではTOBによる追加取得や完全子会社化の選択肢が考えられます。もっとも現在の熊谷組経営陣は独立性維持にも前向きで、友好的な提携関係を維持しつつ協業を深める段階にあるため、当面は部分出資の形が続く見通しです。しかし業界環境によっては、さらなる資本強化策が検討される可能性がある企業として投資家の注目を集めています。

まとめ

以上、マルハンによるイチケンTOBの背景と概要、さらにTOB対象となりやすい企業の特徴と具体的な候補銘柄について解説しました。

今回のケースは、大株主が協業メリットを追求しつつ上場企業の独立性も尊重するという「部分TOB」の好例と言えます。株式市場では今後も様々なTOBが登場すると予想されますが、企業の資本関係や業界動向に注目することで、私たち個人投資家も「次のTOB候補」を先回り検討することが可能です。

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